第120話

 今年初、海に足を入れる。

 太陽の炎天下で、足元は程よい冷たさ。

 波が足を撫で、こそばゆいような落ち着くような、独特の心地よさが全身に行きわたる。


 目の前には美女梨蘭美女璃音美女リーザさん美幼女寧夏変態龍也

 龍也は放っておいて……眼福すぎる光景が広がっていた。



「うひょーーーーーー! へいへいへーい! 待たせたな、俺の海ーーーーーー!」

「ひゃほう! 最高だぜぃ!」



 龍也と寧夏は、持ち前の運動能力を活かしてめっちゃ泳ぎ出した。



「冷たくて気持ちいわねぇ」

「そうですネ。こうも気持ちのいい環境だト、遠泳して体力増強モ、砂浜ダッシュで足腰の鍛錬もできそうでス」

「やらないわよ」

「ご安心ヲ。少年にしかやらせませン」

「なら安心ね」



 ど こ が?

 ねえ、今の話のどこに安心要素があったの? 俺の体力と足腰が死ぬ未来しか見えないんだけど。



「ふはハ。冗談ダ、冗談」



 そうは見えなかったんだけど。ったく……。


 隣にいる梨蘭を見ると、足元をちゃぷちゃぷさせて目を輝かせていた。

 見た目は大人顔負けだが、こうして見ると年相応……いや、若干幼く見える。


 そんな梨蘭の子供らしい一面にほっこりしていると、何かを見つけたかのようにしゃがみ込んだ。



「梨蘭、どうした?」

「ね、ね。暁斗、これ見て」



 これ?

 梨蘭が海の中に手を付け、それを覗き込むと——。



「えい」



 ばしゃ。しょっぱ!?



「あはははは! 引っかかったわね暁斗!」

「ぺっ、ぺっ! や、やったな!」

「油断してる方が悪いのよ!」



 とか言いつつ、連続で水を思い切り掛けてきた!

 ちょ、待っ、しょっぱい!



「おっ、水の掛け合いか!? 俺も混ぜろい!」

「ウチもー!」

「へべっ!?」



 ばしゃ! びしゃ! って、俺だけ狙うな!



「ふム。では私モ」

「ごめんね、暁斗君♥」

「おい璃音、黒いハートが見えがぼっ!?」



 ぐえぇ! まともに海水飲んだ!



「暁斗、覚悟ー! ぼへ!」

「ぐへへ! りゅーや、隙ありぃ!」

「ぺっ、ぺっ! やったなネイ! スク水ひん剥いてやる!」

「キャー犯されるー!」



 龍也の標的が寧夏に移った。やるなら今がチャンス!


 2人が1箇所に集まったタイミングを見計らい、龍也と寧夏に向けて思い切り水をぶっ掛けた。



「にゃーーー!?」

「うばっ!? うぇっ、かれぇ!」

「ぬはははは! 敵は目の前だけにいると思うなよ!」



 こうなったら乱戦だ! 徹底的にやってやる!



「おりゃあ!」

「あ、暁斗君、待っ──!」

「少年、私に掛けたらトレーニングを倍にべっ!?」



 あーもー知ーらね!

 こういうのは楽しんだもん勝ちだろ! うはははは!!




 その後、1時間に渡って水の掛け合いが行われ。

 乱戦になった水掛け戦争により、全員がぐったりしていた。



「つ……疲れた」

「そ、そうね。さすがにはしゃぎ過ぎたわ」

「海でこんなにはしゃいだノ、中学ぶりダ」

「私も、柄にもなくはしゃいだわ」



 ビーチに上がり、パラソルの下でのんびりと寝転ぶ俺、梨蘭、璃音、リーザさん。

 が、龍也と寧夏というと。



「よし、りゅーや! でっかい砂の城作るぜぃ!」

「おうよ! 目指せ、ノイシュバンシュタイン城!」

「えー、ペーナ宮殿の方がよくない? まるっこくてかわいいし」

「名前ださくね?」

「ペーナ宮殿ディスんな!」



 元気だなぁ、あいつら。

 炎天下の中、砂の山に水を加えて固め、見事な手際で城を作っていく。

 半分がノイシュバンシュタイン城で、半分がペーナ宮殿をモチーフにしてるんだろうか。なんかみょうちきりんな城だ。


 そんな2人を見て、璃音は微笑ましいものを見るような目をしていた。



「倉敷君と寧夏ちゃん、元気ねぇ」

「赤い糸で結ばれてるから、似た者同士なのかもね。あの2人に子供ができたときが末恐ろしいわ」



 梨蘭、怖いこと言うな。

 あの2人だけでも喧しいのに、その性格を受け継いだ子供がいるって考えたら……振り回される未来しか見えないな。


 まあその時は、俺と梨蘭の子供もいるだろうけど。

 振り回されるのは、未来の俺らの子供に任せるさ。


 そんなことを考えていた、その時。




 ——ぐうううぅぅぅぅぅ~。




 隣から、ビックリするほど大きな音が聞こえてきた。

 俺の隣と言えば、梨蘭。

 つまり今のは、梨蘭の腹の音。

 …………。

 ダメだ。見るな俺。ここで見たら、間違いなく梨蘭は恥ずかしい思いをする。

 気付かなかった振りをするんだ、俺。絶対、絶対見るなよ。

 …………。


 ちら。



「ぁ」

「あ」



 ばっちり、目が合ってしまった。

 直後、梨蘭の肌が急速に真っ赤になっていく。

 ま、まずいっ。これ普通にキレられるパターンだ! 状況から見て完全に逆ギレだけど!



「あ、あー! 動き回って腹減ったなぁ! おい寧夏! 昼飯にしないか!?」

「あ~、確かにねぃ。お昼までは時間あるけど、海で遊ぶと余計お腹空くし。じゃ、ご飯にしよっか!」



 寧夏と龍也はガチ砂遊びを一時中断し、砂を落とすべく海に飛び込んだ。



「ねえ、暁斗」

「な……なんでしょう」



 うぅ、隣からの圧がすごくて顔が見えない。



「さっきの、聞いた?」

「な、なんのことだ? 俺は、俺が腹減ったから提案しただけだが」

「本当?」

「ああ、勿論だ」

「ふーん。……ありがと」



 そんな言葉と共に、肩に僅かな違和感を覚えてそっちを見ると。


 梨蘭が、恥ずかしそうに俺の肩に口づけをしていた。



「お、おい」

「……今は、これだけ」



 ぷい。そっぽを向かれてしまったが、耳は嬉しそうに真っ赤になっていた。

 多分、俺の耳も赤いだろうなぁ……。






「何あれ、初々しすぎないかしら」

「口から砂糖が出そうダ」

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