第115話
「今日琴乃ちゃんは?」
「図書館で勉強。俺がいると集中できないって足蹴にされた」
「琴乃ちゃん、たまに暁斗に厳しいわよね」
と、苦笑いを浮かべる梨蘭。
そんな表情にも、つい見とれてしまった。
どうやら俺、自分の想像以上に4日も会えなくて寂しかったみたいだ。梨蘭が目の前にいるだけで超嬉しい。アガる。
「暁斗?」
「っ。の、飲み物入れてくる。麦茶でいいよな」
「ありがとう」
梨蘭にはソファーで待っててもらい、キッチンで麦茶を入れる。
落ち着け。落ち着け。とにかく冷静に、クールに。
麦茶の入ったコップを渡しながら、梨蘭を見る。
見た感じ、怒ってる様子はない。それどころか和やかな感じだ。
それだけに、わからない。
なんで梨蘭は、このタイミングでウチに来たんだ?
「あ、そうだこれ。この間の服よ。あの時はありがとう」
「お、おう」
梨蘭から紙袋を受け取る。
……本当に渡しに来ただけ、なのか? あの記事みたいなことは起きない……か?
「……なんか暁斗、挙動不審ね。さっきも土下座してたし……まさか、私に何か隠し事してる? 浮気とか?」
「んなことするか」
「うん、知ってる」
あ、こいつ俺のことからかいやがったな。
……このからかいも心地いいなんて、絶対言えないけど。
「じゃあどうしたのよ」
「いや、その……この間のことで、怒ってると思って」
「この間の……ああ、あれ? やあね、怒ってないわよ」
……怒ってないの?
「なら、あのメッセージは……?」
「しばらく放っておいてってやつ? あはは……最近、暁斗とけんかっぽいけんかってしてなかったじゃない? それで、なんだか……つい、引き延ばしちゃった。てへ☆」
てへ☆ じゃないんだよ、てへ☆ じゃ!
どんだけこのことで俺が一喜一憂したと思ってんだ!? ぶっちゃけ眠れない日もあったんだけど!?
……まあ、でも。
「よ、よかった、殺されなくて……」
「え? 殺されたいの?」
「んな訳ないだろ!」
この程度で梨蘭が俺を殺すとかは考えられないけど、万が一……億が一がある。
リスクヘッジは大切だ。
「さっき龍也と話しててな。こんな内容の記事を読んだんだ」
「ふんふん。……うわ、これは……」
さっきの記事やサイトを見せると、梨蘭もドン引きした。
よかった、共感してくれなくて。
「確かに、暁斗にはずっと怒ってるって思わせてたし、こういう記事を見て不安になる気持ちもわかるわ……ごめんなさい」
「い、いや、俺の方も……ごめん。この前も、梨蘭は勇気を出してくれたっていうのに……」
「こっ、この前のことはもう言わないでっ」
あの時のことは梨蘭もまだ恥ずかしいのか、そっぽを向かれてしまった。
「梨蘭」
「何よ」
「寂しくなかったか?」
「……………………寂しかった」
隣に座っていた梨蘭が、そっと俺の脚に手を乗せた。
その手を包み込むように握ると、潤んだ目を向けてきた。
「本当は、直ぐにでも謝りたかった。ごめんなさいって、言いたかった」
「俺もだ。恥かかせちゃったし」
「だから言わないでって。……でも、あのドギマギした感覚、懐かしかったわ」
「俺に片思いしてた時のか?」
「うん。中学から付き合う前まで……暁斗と口論になった日は、自己嫌悪ともやもやでいつも思い悩んでたの。あの時と、同じ感じだったわ」
口論になった日って、ほぼ毎日口論してた気がするけど。
え、何。ほぼ毎日自己嫌悪してたの? よくそれで心が折れなかったな。
「俺としては、なるべくけんかはしたくないんだけどな」
「けんかするほど仲がいいって言うじゃない」
「……俺ら、中学から仲よかったっけ?」
「ぷい」
おいコラ目を逸らすな。
「でも、しばらくけんかはいいわ。中学の頃散々したし、今は……」
「今は?」
「……暁斗と一緒にいたい」
「……俺もだ」
一生分のけんかは中学の頃にした。
ならこれからは、梨蘭とずっと一緒にいたい。
梨蘭と結婚して、梨蘭と子供を作って、梨蘭と死ぬまで一緒だ。
「梨蘭……いいか?」
「……うん、来て」
梨蘭の顔に手を添え、ゆっくりとキスを——
「たっだいまーーーーーーーーーーーーー! ……あ」
「「あ」」
突然開け放たれたリビングの扉。
固まる俺と梨蘭。目を見開き、徐々に顔を赤くしていく琴乃。
なんとも言えない沈黙が流れた。
「え、と……その……も、もうお昼だから、一回帰って来たというかなんというか……ご、ご、ごめっ、お邪魔しましたーーーーーーーーーーーーー!!」
……行っちまった。中学生には刺激が強すぎたらしい。
ふと、梨蘭と目が合い。
どちらともなく、笑いが込み上げてきた。
「……ぷ、ふふ」
「ふ……はは。……また、今度だな」
「ええ、そうね。お昼食べに行きましょうか。暁斗の奢りで」
「はいはい」
荷物は俺の部屋に置き、梨蘭と手を繋いで歩き出す。
手から感じる梨蘭の存在。
それが、ぽっかりと空いた心の隙間を埋めるようだった。
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