第215話

 朝彦とひよりを車に乗せ、ゲーセンの景品をトランクに詰める。

 これだけやっても起きないって、相当疲れてたんだろうな。



「それでは真田さん、久遠寺さん。またいずれ」

「あ、はい。おやすみなさい」

「お疲れ様です」



 黒塗りの車が夜闇の中に消えていく。

 それを最後まで見送って、ようやく肩の力が抜けた。



「はぁ……さすがに疲れたなぁ。風呂入って、今日はもう寝ようぜ」

「…………」

「……梨蘭?」

「……うーっ」



 えっ、何? なんで唸ってんの?

 て、ちょ、なんで頭突きしてくんの!?


 強い力ではなく、まるで甘えてくるような頭突きだ。

 いや、頭突きというよりぐりぐりしてくるという感じだけど。



「り、梨蘭、まず部屋に戻ろう。な?」

「むーっ!」



 ぽす、ぽすっ。

 えぇ……何がしたいんだ、こいつ?



「……い」

「……え?」

「……ずるい」

「ずるい?」



 はて、何がずるいんだろうか。

 と、次は俺の胴体に腕を回し、力強く抱き締めてきた。

 そのせいで、色んな柔らかさとか匂いとかふわふわ感とかが一気に脳を貫いてくる。


 端的に言えばヤバい。さっきの事も思い出しちゃって、色々ヤバい。


 とりあえず落ち着かせるために、梨蘭の頭をそっと撫でた。

 そのお陰か、俺を抱き締める力も弱くなる。



「落ち着け梨蘭。何がずるいんだ?」

「……ひよりのこと、お姫様抱っこしてた」

「え?」



 ……あ、確かに。よくよく考えたら、あれってお姫様抱っこじゃん。全然意識してなかった。


 そうか。それで梨蘭は、こんなに不貞腐れてるのか。



「わ、悪い。でもあの時は、あれくらいしか運ぶ方法ないだろ?」

「そうだけどぉ……暁斗なら丸太を担ぐみたいに運べるでしょっ」

「俺は鬼か」



 さすがに気持ちよく寝てる女の子を担いで運ぶほど、人間捨ててないわ。


 でも梨蘭はそれが気に入らなかったみたいで、まだ俺から離れない。

 あの、そろそろ離れてくれると嬉しいんだけど。

 ほら、俺も男の子ですし、物理的に腰が引けるといいますか。


 おおおお落ち着け俺。無心だ。心を無にするんだ。

 今この瞬間だけ、梨蘭の匂いと感触を忘れるのだ。俺ならできる。できるぞ、俺……!


 とにかく、心の中で念仏を唱えることに。

 南無南無南無南無。

 煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散、煩悩退さ──



「暁斗」

「ナンデスカ」

「私も、お姫様抱っこして欲しい」



 甘えっ子退散──!!



「えっと、あの、それはその……」

「ダメなの……?」

「だ、ダメではないけど……」

「ひよりはお姫様抱っこしたのに?」

「あ、あれはお姫様抱っこって認識してなくて。本当、ただ運ぶってことしか考えてなかったから」



 ……いや、これは梨蘭からしたら言い訳にしか聞こえないだろう。

 でも意識しちゃうと恥ずかしいんですが……。



「じゃ、わたしも運んで」

「は、運ぶ?」

「ひよりを運んだなら、わたしもはこんで」

「何その理論」

「はーこーんーでーっ」

「駄々っ子か」



 よくよく見てみると、目がとろんとしている。

 なるほど。梨蘭は疲れたり眠くなったりすると、幼児退行するのか。

 この見た目で幼児退行って、それはそれで可愛いな。


 まあ、確かにひよりを運べて梨蘭を運べないって言うと、完全にへそを曲げそうだ。


 それだけは回避せねば。



「あー……じゃ、じゃあ、運ばせて貰いマス」

「! うんっ(にぱー)」



 何だこの子可愛いな。

 それじゃ、連れてってやるか。


 梨蘭の肩と足裏に腕を回し、持ち上げる。

 体育祭の時も思ったけど、梨蘭軽すぎる気がする。下手すると壊しちゃいそうで怖いな。



「ぬへへ……あきとぉ。わたし、しあわせよ」

「あー、そうかい」

「あきとは?」

「……幸せだ」



 全く、恥ずかしいこと言わせんじゃないよ。顔が熱くて仕方ない。



「…………」

「……ん? おい、梨蘭?」

「……すぴぃ」



 寝てやがる!?

 人に恥ずかしいこと言わせといて! なんてやつだ!



「しゅぴぃ……」

「はぁ……お疲れ、梨蘭」



 梨蘭のおでこにそっとキスを落とし、家の中へと入っていった。

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