第62話
「む? 何かね。今は私達が話をしている。暁斗くんは……」
「関係ありますよ。そしてこの話は、十文寺家にも悪くない話です」
「ほう」
お父さんの目が更に鋭くなる。
先にも言ったが、俺達はまだ高校生。そんなガキが、家のことに口出しするんだ。いい気分ではないだろう。
でもこれは、それすら吹き飛ばす魔法の言葉だ。
「俺とここにいる梨蘭は、濃緋色の糸で結ばれています」
「なっ!?」
「あらまぁ」
「やっぱりね。でも……」
「ああ。まさかとは思ったが、濃緋色だったのか……」
あぁ、やっぱり龍也と寧夏には、俺と梨蘭が繋がってるのはバレてたのか。
まあ隠し通せてるつもりはなかったし、それは仕方ない。
「……本当かね?」
「はい。嘘偽りはありません」
「……私はね、経営者として他人の嘘は見破れると自負しているが……どうやら嘘はついていないみたいだね」
お父さんの目の色が、警戒から興味へと変わった。
本当に信じてくれたらしい。
糸の色は本人達からの自己申告でしか伝えられないから、これはありがたい。
「寧夏と御曹司の結婚による得られる利益と、濃緋色の俺達があなたの会社に与える利益……どちらが上か、わかりますよね?」
「…………」
目を閉じて腕を組み、黙考するお父さん。
「……それは、私が首を縦に振れば君達の人生すら決定づけてしまう。それを覚悟の上で言っているのかい?」
「勿論、2人の結婚だけのために、俺達の人生をかけるのは重すぎます。なのでこちらからもお願いがあります」
「……言ってみなさい」
お父さんが前のめりになった。
恐らく、寧夏が協力会社の御曹司と結婚するより、俺達2人に取り入った方が利益がデカいと考えたんだろう。
その考えは正しい。
赤い糸の歴史は100年にも満たないが、その歴史の中でも濃緋色で結ばれた人間のもたらす利益は世界規模になる。
莫大な利益の塊が、目の前にぶら下がってるんだ。
目の色を変えないはずがない。
「ここにいる全員の就職の斡旋。お父さんが社長なら、それもできますよね?」
俺達のメリットは、世界を股に掛ける十文寺家の会社にコネで入社できること。そして、その社長と懇意になれること。
デメリットとしては、十文寺家の会社以外の将来は、あまり期待できないことくらいだ。
対してお父さんのメリットは、濃緋色の糸を持つ俺達を社員として持てること。
デメリットとして、協力会社との強固な結束を持てないこと。
交渉としては、ウィンウィンの関係だろう。
それを瞬時に理解したお父さんは、豪快に笑った。
「ハッハッハッハッハ! まさか、君みたいな子供からこんな交渉をされるとは思ってもみなかった。気に入ったよ、暁斗くん!」
「意外でしたか?」
「ああ。ジョーカー中のジョーカーを切られたら、こちらとしても誠実にならざるを得ない。……いいだろう、その条件を飲もうじゃないか」
「ありがとうございます」
「その代わり、大学卒業が絶対だ。それは、君ら自身の力でやり遂げなさい」
「はい、必ず」
立ち上がり、お父さんと握手を交わす。
と、お父さんは唖然としている寧夏の方を向いた。
「寧夏。いい友達を持ったな」
「え……ぁ、うん……」
「そして、龍也くん」
「は、はいっ」
お父さんとお母さんは、今度は龍也の前に正座をした。
まるで、対等の関係であるかを示すように。
「君の誠実さはよく伝わってきた。寧夏も、君のことは信頼しているようだ。……娘を、どうかよろしく頼む」
「龍也さん。不束な娘ですが、よろしくお願いします」
まるで土下座をするかのように、頭を下げた。
それに釣られ、龍也と寧夏も慌てて頭を下げる。
「こ、こちらこそっ、よろしくお願いします!」
「お父さん、ありがとう……!」
2人の目には涙が溜まっていた。
よかったな、2人とも。
やれやれ。これで全て丸く収まって──。
「アッキー、リラ。正座」
「「はい……」」
なかった。
あの場は解散となり、俺達は全員寧夏の部屋に通された。
で、ご覧の通り。寧夏さん怒髪天であります。
「何を! 勝手なことを! してるのさ! ばかなの!? ねえ君達ばかなの!?」
「少なくとも学校の成績は上位だけど」
「ちっっっげーーーーよ! そう言うことじゃないんだよ! ばかばかばかばか! ばーかばーか! あほ! あんぽんたん!」
そこまで言わなくても。
「ネイ、落ち着けよ」
「リューヤ、これが落ち着いていられる!? 私達のせいで、2人の人生が決めつけられちゃったんだよ!?」
「まあまあ。暁斗と久遠寺にも、深い考えがあるんだよ。な?」
深い考えねぇ……。
「いや、クソだるい就活をこれで回避できるぜひゃっほう! としか」
「暁斗はともかく、世界規模の十文寺家の会社にコネで入れるならそれに越したことはないかな、と」
「ダメだこいつら」
失礼な。これでも、梨蘭とはかなり話し合ったんだぞ。
親友とは言え、俺達は良くも悪くも他人だ。ピンチを助けるなら、俺らにも旨みはあってもいいだろ? 今回の旨みがそれだった。それだけだ。
「まあ、アッキーだもんね……」
「ああ、暁斗だからな」
「俺のことをわかってくれてるみたいで嬉しいぞ」
「「褒めてないからな?」」
ぴえん。
「でも……ありがとうな、2人とも。俺らのためにそこまでしてくれて」
「本当だよ……アッキー、リラ。ありがとう」
「気にすんな」
「ええ。それに、私にも旨みはあるしね」
ん? 梨蘭に旨み? なんだろ、それ。話し合ってる時は、そんなこと言ってなかったけど。
「後で教えるわよ。……逃げんじゃないわよ?」
「まあ、逃げねーけど……」
龍也と寧夏は何か察してるのか、ニヤニヤと俺らを見ている。
え。なんなの、一体?
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