第61話
「……そちらが、寧夏が紹介したいと言っていた友人かな。いつも寧夏と仲良くしてくれて、ありがとう」
寧夏のお父さんが綺麗な所作で頭を下げる。
優しい声色。でもその顔は険しく、全く融和な感じがしない。
これが世界を股に掛ける十文寺家の家長か。
「……初めまして。俺……私は倉敷龍也と申します。寧夏さんにはいつもお世話になっております」
龍也が挨拶し、次いで俺、梨蘭の順に挨拶する。
「あらあら。カッコイイ男の子と可愛らしい女の子ですね。こんな子達と同じ学校だなんて、寧夏は幸せ者ね〜。ね、あなた」
寧夏のお母さんが、ゆったりした口調で話しかけてきた。
お母さんの方は割と柔らかいというか、好感触みたいだな。少なくとも、お父さんみたいに険しい感じではない。
が、お母さんが話しかけてきたと言うのに、お父さんはそれを無視して寧夏を見た。
「それで、話というのは何だね?」
深呼吸をして気持ちを落ち着ける寧夏。
覚悟を決めたのか、真っ直ぐお父さんの目を見る。
「結婚の件で、話があるの」
「その話か。何度も言ってるが、おまえが高校を卒業すると同時に協力会社の御曹司と結婚してもらう。全ては──」
「私、その人と結婚しない」
寧夏がハッキリと告げた。自分の想いを、気持ちを。
それを聞いたお父さんは、眉をピクっと反応させた。
静かに圧が高まっていき、部屋の緊張感が増していく。
「……何を言っている。話と違うぞ」
「私は政略結婚なんてしないって言ったの」
「お前が結婚すれば、我が社と協力会社の結束はより強固なものになる。そうすれば、社会全体の利益になる。それがわからないお前じゃないだろう」
「でも私にも、赤い糸で結ばれた人がいる。私には私の人生があるの」
険しい顔のお父さんに、1歩も負けない寧夏。
こいつは、一筋縄ではいかなそうだ。
たっぷり数秒の間を起き、お父さんが再度口を開いた。
「寧夏。お前は運命の人と結婚することが、絶対の幸せだと思っているか?」
「……どういうこと?」
「答えなさい」
「……思う。その為に『運命の赤い糸』があるから」
「では、お前には私と母さんが幸せそうに見えないか?」
「……ぇ……?」
っ……そうか、この2人も。
お父さんが、お母さんの肩に手を回す。
お母さんは驚いたようだが、幸せそうに微笑んでお父さんの肩に頭を乗せた。
「寧夏には今まで黙っていたが、私と母さんは赤い糸で結ばれていない。政略結婚で結婚した、本来は結ばれることのなかった2人だ」
「そんな……!」
「だが、私達は幸せだ」
有無を言わさぬ言葉の圧に、寧夏も黙ってしまった。
「幸せになる人間は、幸せになる努力をしているからだ。赤い糸なんてものに縛られず、幸せの本質を見極めて努力することを怠らない。そうすれば、赤い糸がなくとも幸せになれる」
まあ……そうなのかもな。
この人達のように、赤い糸で結ばれてなくても幸せになれる人達はいる。
俺達は、『運命の赤い糸』というものを盲信してるのかもしれないな……。
お母さんがソファーから立ち上がると、寧夏の肩に手を置いた。
「寧夏さん。私達はあなたに幸せになって欲しい。貧しい思いをして欲しくない。苦しい思いをして欲しくない。だから──」
「なら、俺が幸せにする」
龍也はお母さんの話を遮り、ゆらりと立ち上がると、床に正座した。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は倉敷龍也。……寧夏さんと、赤い糸で結ばれている者です」
「なに……?」
「まあっ」
流石の2人も驚いたのか、目を見開いた。
そりゃそうだ。まさか中学からの友達同士が、『運命の赤い糸』で結ばれてるなんて誰も思わないだろう。
……あ、いや、俺と梨蘭くらいの天敵同士でも結ばれてたんだから、むしろ可能性としては高い……か?
「……本当なのかね? 君がうちの寧夏と赤い糸で繋がっているのは」
「はい、本当です」
「……ふむ」
お父さんが龍也に鋭い目を向ける。
今向けている目は父親のものか、経営者としてのものか。それはわからない。
それでも、底知れない恐怖を感じる。
「寧夏さんに幸せになって欲しい。その気持ちは俺も同じです。なら、俺にその役を担わせてください」
「お父さん、お母さん。私からもお願い。……私、この人と一緒になりたい」
龍也の隣に寧夏が正座し、一緒に頭を下げる。
なるほど、この2人の策は超簡単だ。
運命の人と一緒に、結婚の挨拶。それだけだ。
何ともド直球な作戦だな。
「……君の要望はよくわかった。その上で聞く。我々十文寺家は、社会貢献と社会全体の幸福のために事業を取り組んでいる。君と寧夏が結婚することで、そのメリットはあるのかね?」
「それは……」
龍也が言い淀んだ。
それもそうだ。俺らはまだ高校生。社会の何たるかもわからないガキだ。
そんな俺らに、社会貢献がどうのやら、社会の幸福がどうのと、そんなの知ったこっちゃない。
なら、ここが俺達の出番か。
梨蘭を見る。
梨蘭も、俺を見て頷いた。
悪いな、梨蘭──。
「あの、俺達からもいいですか?」
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