第87話
◆
「ついに来てしまった、今日が……」
はい、今日が俺の命日です(嘘です)。
土曜日の朝。時間は11時。空は曇天。心の中は雨模様。
いくら覚悟を決めて、寧夏たちの修羅場や、璃音の件を乗り越えたからと言って、ビビるもんはビビる。
待ち合わせは駅前に14時。しかも天気予報では、今日は夜からかなりの大雨になるようで。
もう今日は行かなくてもいいんじゃないかな。大雨で帰れなくなると困るし。
……よし、日を改めよう。そうしよ——ブーッ、ブーッ。
ん? え、梨蘭から連絡が……。
梨蘭:おはよう。逃げるんじゃないわよ。
梨蘭:(犬がジト目向けてるスタンプ)
怖っ。なんで俺の思考が読めるの? エスパーか何か?
思わず周りを見てしまった。当然、梨蘭はいない。
暁斗:わかってるよ。
暁斗:じゃ、駅前に14時な。
梨蘭:(犬が「わんだふるっ」と言ってるスタンプ)
はい、逃げ場はなくなりました。
ちきしょう。俺、最近頑張って来たよな。なのに、なんで神様は俺を休ませてくれないんだ。俺だって休む権利くらいあるだろう。恨むぞ神様。
とにかく、待ち合わせまでは十分に時間はある。
シャワーを浴びて、身だしなみを整える。後は胃に優しいゼリーとバナナで栄養補給をしてっと。
あーダメだ、そわそわする。
相手のご両親と会うのって、こんなにそわそわするもんだったんだな。
龍也、リーザさん、ごめん。遅くなったけど、お前らの気持ちがようやくわかったよ。
と、リビングの扉が開き、琴乃が入って来た。
起きたばかりなのか、ホットパンツにキャミソールと、いつものゆるゆる寝間着で大あくびをしている。
のんきそうでいいっすね、君は。
あとちゃんと服着なさい。父さんが見たら失神すんぞ。
「ふあぁ~~~~……あ、おにぃ、おはよ~……」
「おう、おそよう。もう12時になるぞ」
「んー。勉強が思ったよりはかどっちゃって……」
手の甲でぐじぐじと顔を洗う。猫みたいだ。
琴乃は寝ぼけ眼で俺を見ると、こてんと首を傾げた。
「あれ? お兄、どっか行くの? デート?」
「あー……そんなところだ」
さすがに、梨蘭の家で食事にお呼ばれされてるなんて言えない。
言ったら最後、死ぬほどいじられるか、死ぬほどにやにやされる未来しか待ってない。
「ほっかほっか。お兄、梨蘭たんと仲良くできてるみたいだね。私は嬉しいよ」
「何様だお前は」
「妹様です。えっへん」
えっへんじゃないよ。あとキャミソールの肩紐がずれ落ちそうだから、胸張るのやめなさい。
けど……こうして琴乃と話したことで、若干緊張は和らいだ。
琴乃って、こういう時に他人の気持ちに敏感というか、空気を読んで場を和ませるのが得意なんだよな。これまでも、今回も、結構助けられてる。
「んゅ? どったの、お兄。こっちばかり見ちゃって。妹をやらしい目で見るお兄は、○ねばいいと思うけど」
「怖い怖い怖い」
琴乃ちゃん、いつそんな物騒な言葉遣い覚えたの。お兄ちゃん、悲しい。
琴乃のおかげでちょっと和んでたのに、琴乃のせいで恐怖を覚えた。
「いや、なんだ。……琴乃の運命の人って、琴乃と結婚したら飽きなそうだなと思って」
「え、口説いてる? 妹口説くとか、お兄いい趣味してるね。悪い意味で」
「口説いとらんわ」
だからそんなゴミを見るような目で見てこないで。
はぁ……昔は素直だったのに。これが思春期というやつか。
琴乃は冷蔵庫からスムージーを取り出し、ソファーに座った。
「ねえ、お兄。それって、お兄が私といて飽きてないってこと、だよね?」
「当たり前だろ。琴乃と一緒にいると楽しいし、面白いし」
「……きも」
「なんでだよ」
突然の暴言。これが思春期か(本日二度目)。
「きも、きも、きも~♪ きもきも~♪」
「リズムに乗るな。お兄ちゃんだって、傷つくときは傷つくんだぞ」
でも、どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
ニコニコ笑顔でスマホをいじる琴乃。全く、この子は。
……あ、気付いたらもう13時じゃん。そろそろ駅に向かわないと。
「じゃあ琴乃。俺行ってくるから」
「あーい。いてらっさー」
最後に琴乃の頭を軽く撫でて、お気に入りのレザーシューズを履く。
……そういや、いつの間にか心が軽くなってるな。
琴乃といつものやり取りをしたからかもしれないけど……今日は、お土産でも買っていってやるか。
心の中で軽く琴乃にお礼を言い、駅前に向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます