第207話

 打ち合わせの結果、次の休日に会うことになった。

 場所は駅前の喫茶店。

 なんと、わざわざ来てくれるらしい。


 一乗寺朝彦曰く、「僕が会いたいのに、呼び出す真似なんてしないよ」らしい。

 性格までイケメンかよ。破綻しろ、色々と。


 ひよりはこの後、一乗寺朝彦と会うということで帰ることに。

 スキップ混じりに駅に向かうひよりを見送り、家の中へと戻った。



「あいつのあんな嬉しそうな顔を見ると、安心するな」

「そうね。余程一乗寺さんのことが好きなんでしょう」

「ま、『運命の赤い糸』で繋がってるもんな」



 朱色の糸は経済的相性が抜群の糸で、その分恋愛感情は薄い。

 今でもそうかと思ったんだが……杞憂だったみたいだ。


 ソファーに座って息を吐く。

 梨蘭も隣に座って、肩に頭を乗せてきた。



「ふふ。ひよりに好かれてた身からしたら、複雑?」

「馬鹿言うな。俺には、梨蘭さえいればいい」

「奇遇ね。私も同じこと考えてたわ。……暁斗がいれば、それだけで幸せよ」



 スリスリ。まるで犬みたいに擦り寄ってきた。

 誰かと居る時は恋人として一定の距離を保つ。

 でも2人きりになると、そんなのお構い無しにめちゃめちゃ甘えてくる。


 ほんと、可愛い子だ。


 梨蘭の頭頂部にキスを落とす。

 それに気付いた梨蘭はぴくっと反応し、更にぐりぐりと頭を擦り付けてきた。



「……今日の暁斗、匂いが濃い」

「え、臭い?」



 あ、そういや実相寺道場帰りで、風呂入ってないわ。



「わ、悪いっ。今すぐ風呂入ってくる」

「そ、そうじゃないわ。なんというか……好きな匂いよ」



 体勢を替え、ソファーに膝立ちになって首元に顔を埋めて来た。

 深呼吸をするみたいに、俺の匂いを嗅いでくる。

 な、なんだこいつ。匂いフェチか?



「すーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………………はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………至福♡」

「なげーーーーーーーわ!!」



 どんだけ俺を辱めたら気が済むの!?

 こんなに匂いを嗅がれるとは思ってもみなかったわ!



「り、梨蘭って匂いフェチだったんだな。初めて知った」

「え? んー……正確には違うかもくんかくんか」

「違うって、何が?」

「別に匂いが好きなわけじゃないわくんか。アンタ以外に、こう言った衝動が出るわけじゃないしくんかくんか」

「語尾にくんか付けるのやめろ」



 どんだけ嗅ぎたいんだよ。



「そうね……あえて言うなら、暁斗フェチかしら」

「は? 暁斗フェチ?」

「髪フェチとか爪フェチとか鎖骨フェチとか、人体に関するフェチって色々あるでしょ? 私は暁斗の髪が好き。目が好き。鼻が好き。口が好き。耳が好き。肌が好き。声が好き。手が、足が、爪が、匂いが。困ってる人を見捨てられない優しい性格が。ちょっと自堕落なところが。私を愛してくれてるところが。……全部、好き」

「も う や め て」



 このままじゃ恥ずか死しちゃう。

 しかも俺を言葉で辱めながらも、ちゃっかり匂いも嗅いでるし。



「い、いいだろ、もう。風呂入ってくるから」

「ダメ。もう少し」

「もう少しってどのくらい?」

「……2時間?」

「なげえよ!」



 2時間も生き地獄に耐える精神力は持ち合わせておりません!

 梨蘭を無理やり引き剥がし、ソファーから立ち上がる。

 が、思い切り腰あたりに抱きついてきやがった。



「くんかくんか。すーはーすーはー。ぬへへ」



 ダメだこいつ。変態だ。大変な変態だ。

 ……仕方ない。



「梨蘭、よく聞け」

「何よくんか」

「くんか言うな。あと、お前はもっと自分の魅力に気付け。こんなことされたら、俺の我慢も限界だからな。俺がいつまでも優しい暁斗君だとしたら、大間違いだぞ」

「本当に優しいから、そうやって忠告してくれるんでしょ?」



 うぐっ、この野郎……。



「と、とにかく離れろっ!」

「あんっ。もう……」



 梨蘭を引き剥がし、逃げるようにして風呂場へと向かった。

 はぁ……あいつはもう少し、男というのを学んだ方がいいな。

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