第206話

 パンフレットの撮影を無事に終え、平穏な日常が戻って来た。


 龍也も調子を取り戻したようで、今では変わらずダル絡みをしてくる。

 まあその方が俺も気兼ねないし、嬉しい限りだ。


 医者からはもう運動の許可を貰ったから、またリーザさんの実相寺道場でキックボクシングを行っている。

 リーザさんもさすがに無茶振りはしないし、リハビリ代わりのメニューを組んでくれているが、それでも鬼扱きは健在のようで。



『いつもよりは楽だガ、楽すぎないメニューを考えたゾ。感謝しろヨ』



 ありがとうございます雌ゴリラ。いつか泣かす。

 そうしてこうして、ようやく我が家に帰宅。はよくつろぎたい。



「はぁ、疲れたぁ……ん?」



 あれ、見たことない靴がある。

 誰かお客さんか? それにしては派手なヒールだ。



「ただいまー」

「おかえりなさい、暁斗」

「サナたん、おかりー」

「ああ、ひよりか。うん、ただいま」



 ……。

 …………。

 ………………ん?



「え、ひより?」

「反応にぶちんだなー、サナたん」

「と言われても」

「私が呼んだのよ」



 梨蘭がなんでもないように言った。

 いや。え、呼んだって……えぇ……?



「な、なんで?」

「ほら、ひよりの運命の人が、私達に会いたいって言ってたじゃない?」

「それの打ち合わせだよん」



 なるほど、それでか。

 …………。

 いやいやいやいや。だからってお前ら、2人きりで同じ空間にいて大丈夫なの? 俺が言うのもなんだけどさ。


 俺の動揺を見抜いたのか、梨蘭が呆れたようにため息をついた。



「ひよりと私、仲良いのよ。そんな喧嘩なんてしないわ」

「え? ひより達仲良しなの?」

「え!? 仲良くないの!?」

「嘘でーす。慌てちゃうリラたんも可愛いなぁ」

「にゃっ! だ、だきつくなー!」



 突然梨蘭に抱きつくひより。

 ほっぺ同士を擦り合わせて、ぷにぷにしてやがる。

 美少女のイチャイチャは目の保養であるが、まさかこの2人がこんな仲だとは。



「ま、サナたんが思うようなことは何もないから、大丈夫大丈夫」

「そうか? ……ま、2人の仲がいいならそれに越したことはないか」



 何せ、もしかしたら将来の社長夫人に当たるんだ。

 仲良くして悪いことはないだろう。



「それにしても、リラたんもち肌やばたにえん。何これ、どんなお手入れしてるのん?」

「え? んー、特別なことしてないわよ」

「遺伝かー? 遺伝マウントかーこのこのぅ」

「あうあうあう」



 頬と頬をたぷたぷさせる2人。何これ羨ましい。俺だってしたことないのに!



「ひより、いい加減離れろ。梨蘭のもち肌は俺のもんだ」

「えぇー、いいじゃん。リラたんのもちぷに肌、サイコーに気持ちーんだもん」

「ダメ。俺のです」

「けちー」

「私の肌は私のものなんだけど!? もーっ、離れなさい!」

「あんっ」



 梨蘭がひよりを押し退け、深々と息を吐いた。



「全くもう……さて、暁斗も帰ってきたことだし、早速打ち合わせをしましょうか」

「そだねー。さあさあ、サナたん座って座って」

「あ、おう」



 とりあえず1人がけのソファーに座ると、ひよりがスマホを操作してスマホの画面を見せてきた。


 爽やかな印象のイケメンだ。

 髪は少し長い黒髪。でもそれが、少しミステリアスな雰囲気を醸し出している。



「この人がひよりの運命の人ね。名前は一乗寺朝彦いちじょうじあさひこ。株式会社ジョーテラの跡取りだよ」

「え、ジョーテラって世界的大企業じゃん」



 すごい名前が出てきた。

 会社名を知らない奴でも、1度は聞いたことあるほど有名企業だ。

 さすがジュウモンジグループの協力会社。とんでもないな。



「そうそう。びっくりだよねー。玉の輿だよ、玉の輿ー」



 確かに。龍也が逆玉の輿だとすれば、ひよりは紛うことなき玉の輿だ。

 まさか、ひよりがこんな大企業の御曹司と赤い糸で繋がってるなんてな。


 驚きで唖然としていると、梨蘭が「それで」と口を開いた。



「一乗寺さんが、私達に会いたいって言ってたのよね」

「うん。専属モデルとして雇いたいから、その挨拶だってー。2人が一緒なら、ウェディング会社の時みたいにとんでもない集客を見込めるとかなんとか」



 専属モデル……専属モデルかぁ。



「俺らって将来的にはジュウモンジグループに入ることになってるんだけど、それっていいのかな?」

「いいんじゃないかしら? 協力会社なら、巡り巡ってジュウモンジグループの利益になるはずだし」



 ふむ……。



「とりあえず、寧夏に聞いてみるか」



 スマホを開き、内容を掻い摘んで寧夏のメッセージを送る。

 と、直ぐに既読がついて『ちょい待ち』と返信が返ってきた。


 待つこと数分。



 寧夏:お父さんに聞いたら『オッケー(`・ω・´)b』だってさ。



 いや軽いなジュウモンジグループ総裁!?

 メッセージを2人に見せると、楽しそうな笑みを浮かべた。



「ふふ。寧夏のお父さんらしいわね」

「ネイたんのパパさん、のりのりー」



 いや、前に会った時はそんな感じじゃなかったはずだけど。

 まさか寧夏パパ、リアル人格とSNS人格が別のタイプ?



「じゃ、ネイたんのパパさんからも許可貰ったし、本格的に打ち合わせしよっかー」



 ま、許可も出たことだし、どうにかなるだろ。

 ……多分。

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