第168話

 薬師寺先輩はにこりと微笑み、俺と梨蘭を交互に見た。



「ふむ。真田暁斗君に久遠寺梨蘭さん。なるほど、間近で見るととてもお似合いの2人だ」

「わっ、私のこともご存知なんですか!?」

「ああ。1年生で優秀な成績を収め、類まれなる美貌を持つ君を知らない生徒はいないだろう」

「〜〜〜〜ッ!!」

「痛い痛い痛い叩くな叩くな叩くな!」



 嬉しいのはわかったから。あと超痛いからっ。


 梨蘭の手を掴んで落ち着かせる。って、こんな時だけ力を強いんだけどっ……!



「やっ、薬師寺先輩! 私、薬師寺先輩のファンで……あ、握手してください!」

「ありがとう。君にそう言ってもらえて嬉しいよ」



 慣れたように梨蘭の手を握り、微笑みを崩さない薬師寺先輩。

 こういう梨蘭みたいな奴が多いんだろうな。人気者は大変だ。



「そ、それで薬師寺先輩、暁斗になんの用ですか?」

「それなんだが……真田君、久遠寺さん。少し生徒会室に来てくれないか?」



 生徒会室……呼び出しってことか?



「え、何? 梨蘭何かやらかした?」

「この場合アンタの方が怪しいけど」

「いやいや、俺レベルになると学校に反発する真似はしねーよ。貢献もしないけど」

「何堂々と言っちゃってるの!?」



 って言われてもなぁ。それくらい学校に興味ないっていうか。

 これ言っちゃうと梨蘭に怒られるし、目の前に会長様がいるから言わないけど。


 でも、マジで身に覚えがない。なんだろうか。



「はは。そんなに身構えなくてもいい。単に、少し話がしたいだけだ」

「話……まあそれなら」

「はい! 喜んで!」



 梨蘭、嬉しそうだなぁ。

 俺は別に嬉しくないし、むしろ何を言われるのか心配で気が気じゃない。


 ま、呼ばれたからには行くしかないんだろうけど。


 弁当箱をしまい、席から立ち上がる。

 と、薬師寺先輩は「ああそうだ」と立ち止まり、振り返った。


 その顔には笑顔はなく。

 鋭く釣り上がった目で龍也と寧夏を睨めつけた。

 美人が凄むと圧が半端じゃねえ……。



「おい、そこの悪ガキ2人。さっきはよくも鬼だの馬鹿だのアホだの言ってくれたな」

「ぎっくーん。き、聞いてたんすか……?」

「え、えへへ……許してちょ♪」

「ふんっ」



 ゴスッゴスッ!



「「ほげっ!?」」

「今日はこれくらいで勘弁してやる。あと、あんまり校内ではしゃぎ過ぎないこと。いいな?」

「「は、はぁい……」」



 おお、あの2人が言うことを聞いた。

 てかこの2人何したんだよ。気になる。


 弁当の包みを持って教室を出る。

 俺と梨蘭が一緒にいるだけでも目立つのに、前を歩くのは生徒会長として有名な薬師寺先輩だ。目立つ目立つ。目立ちまくっている。


 げんなりしつつ歩くことしばし。ようやく生徒会室に入れた。


 ふかふかのカーペット。

 高そうなソファー。

 本棚に並べられた資料や校内新聞。

 なんと冷蔵庫まである。


 多分、生徒会の仕事を効率よくできるように過ごしやすい空間にしたんだろうけど……こりゃ凄いな。



「さあ、掛けてくれ」

「し、失礼しますっ」

「……失礼します」



 ソファーに腰掛けると、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。



「すまない、お茶でいいかな?」

「はい、もちろんです!」



 うーん……。



「帰りてぇ」

「こ、こらっ」

「あははっ! わかるぞ真田君。私も逆の立場なら、今すぐ帰りたいって思うだろうな」

「なら帰してください」

「まあまあ、いいじゃないか」



 薬師寺先輩は俺らの前に座り、腰を折った。



「すまない、2人とも。許してくれ」

「や、薬師寺先輩っ、何を!? 頭を上げてください!」

「なんのことっすか、一体……?」

「……体育祭のチーム分けについてだ」



 あ、そういや璃音が言ってたな。今年のチーム分けは、薬師寺先輩が絡んでるって。


 そのことの謝罪ってこと……か?



「本当はこんなことしたくはない。が、赤い糸で結ばれている者同士が同じチームだと、どうしても不公平が生まれてしまうんだ」

「……過去になにかあった、とか?」

「察しがいいな、真田君。その通り。十数年前だが、同じように赤い糸同士で結ばれたクラスメイトがいた。その結果……」

「そ、その結果……?」



 ごくり。






「他チームで食あたりや捻挫や熱中症が発生し半数以上が競技に参加できず、体育祭自体がボロボロという悲惨な結果になった。点数も、その赤い糸で結ばれた2人がいたチーム以外は10点や20点しか得点できなかったらしい」






 予想以上に酷い結果だ!?



「もし今後同じクラスに赤い糸で結ばれた2人がいたら、チームを分けるっていうルールが設けられたんだ」

「それに該当したのが、今年だと?」

「うむ、そうだ」

「でも今回は偶然俺らのことが学校中に知られましたけど、そうじゃなかったらどうしてたんですか? そんなことなら、運命の日に学校の人と繋がってるのかアンケート取った方がいいんじゃ」



 そうすれば予めチームを分けて準備が進められるし、効率がいい気がするけど。


 が、薬師寺先輩は苦笑いを浮かべた。



「1つ目の質問だが、赤い糸で繋がっている2人は、夏休みに入ると間違いなくぼろを出す。だからアンケートを取る必要はない」



 あぁ……夏休みで羽目を外して、それが学校側にばれるってことか。

 やっぱり過去にも俺らや龍也達みたいな奴らもいたんだな。



「それと2つ目だが。確かに最初はそういう意見もあった。しかし生徒達のプライバシーに関することだ。生徒と保護者の殆どから反発を受け、その意見は却下されたんだ」



 そんな過去があったのか……。

 確かに、そりゃアンフェアなことこの上ない。

 それに俺と梨蘭は濃緋色の糸。何が起こるかわかったもんじゃない。



「……わかりました。そういうことでしたら、納得です」

「わ、私もです」

「……すまない。その代わりと言ってはなんだが、2人の同棲の件は学校側には報告しないでおこう」



 んなっ、なんで知って……!?



「なんで知ってるのか、と言いたげな顔だな。ははっ、なんでかな?」



 軽快に笑い、ウィンクをする薬師寺先輩。

 様になってるしカッコイイけど……それが逆に、この人の怖さを感じる。


 薬師寺美織……恐ろしい人だ。

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