第147話

『暁斗、昼間の委員長のお誘い、どう思う?』



 夜、部屋でのんびりしていると、梨蘭から電話が掛かって来た。

 やっぱり梨蘭も、昼間のことを気にしてたみたいだな。


 あの後直ぐ、諏訪部さんは習い事ということで帰ってしまった。

 だから詳しいことは聞けずじまいになったんだが……。



「どうもこうも、食事に誘ってくれただけだろ」

『と思ったんだけどね。でも委員長から貰った名刺の会社、日本どころか国外にも不動産を持ってる大企業よ』

「……マジ?」

『ええ。そんなところのお嬢様を助けたってことは、向こうが何を考えてるのかわかったもんじゃないわ』



 た、確かに……諏訪部さんの口ぶりからして、食事だけじゃ済まないような……。

 うーむ。返事をするの、早計だったかも。



『まあ、委員長はいい子っていうのは知ってはいるけど……』

「梨蘭って、諏訪部さんと仲よかったのか?」

『いえ、ほとんど話したことないわ。挨拶するくらいだけど……なんというか、女版暁斗って子なのよ』



 ……女版俺?

 言っている意味がわからず首を傾げる。どういう意味だろうか。



『簡単に言えば、困っている人は見捨てられないのよ。私は学校でしか委員長を見たことないけど、困ってる人がいたら手を差し伸べる。それが諏訪部仁美という子よ』

「へぇ……損な性格してるな」

『アンタがそれを言う?』



 違いない。

 でも、俺だって誰彼構わず助けているわけじゃない。その時居合わせて、気が向いたら助けてるだけだ。

 話を聞く限り、諏訪部さんは誰彼構わず助けてる聖人君子みたいな人だ。

 俺のことを聖人君子と言っていたけど、あの子の方がよっぽど聖人君子じゃないか。



『成績優秀で先生方からの評価も高い。優しい性格でクラスどころか学年でも人気の女の子。人望は厚く人脈は広く、実家は世界を股に掛ける不動産王……』

「完全に俺の上位互換じゃん」

『…………』

「なんか言ってくれ」



 惨めに思えてきたんだけど。ぴえん。

 ここまで完璧人間だと、むしろ粗探しをしたくなるレベル。



「でも、そんなことなら心配する必要はないんじゃないか? そんな大企業のお嬢様なら、無茶なことをしてくることもないだろ。常識とかしっかりしてそう」

『そ……そうよね。きっと大丈夫よね』

「そうそう。大丈夫大丈夫。気軽に行って、食事をいただいて帰る。それだけだ」

『「はは、ははははは……!」』



 …………。


 え、大丈夫だよね?



   ◆



 数日後、土曜日。

 俺と梨蘭は最低限のドレスコードを意識し、諏訪部さんに指定された住所へ向かっていた。

 俺らが住む住宅街から、駅を挟んだ反対側。ほとんど来ることのない高級住宅街が立ち並ぶエリアだ。


 そういや、璃音や寧夏の実家はこっち側だったな。

 まさかそこに、諏訪部さんの家もあっただなんて。



「き、緊張してきたな……」

「そ、そうね。でも大丈夫よ。委員長も、変なことはしないって言ってたから。だから大丈夫、大丈夫……多分」



 最後自信なくなってんぞ。


 ナビアプリで歩いていくこと十数分。

 アプリから、「目的地に到着しました」という無機質な音声が流れた。



「……あれ、ここか?」

「そうみたいね」



 表札には確かに、『諏訪部』の文字がある。

 だけど……。



「……なんか、思ったより普通だな」



 周りに立ち並ぶ高級住宅。

 それらと比べても一回り小さいというか……なんというか、普通感がある。

 俺や梨蘭の家よりは大きいけど、それでも思ったよりは庶民っぽい。



「と、とりあえず、行くわよ」

「お、おう」



 深呼吸した梨蘭が、意を決してインターホンを鳴らす。

 ピンポーン。軽快な音と共に、中からドタバタと足音が聞こえてきて——豪快に、扉が開け放たれた。


 嬉しい気持ちが隠せないのか、超満面の笑みだ。



「お待ちしておりました、真田くん、久遠寺さん! ささ、狭い家ですがどうぞ!」



 狭い家っていうのが謙遜なのかマジなのかわからんな。



「委員長、今日はお招きいただき、ありがとうございます」

「ありがとう、諏訪部さん」

「そ、そんな……! こちらこそ、ありがとうございます!」



 顔を真っ赤にしてペコペコ頭を下げる諏訪部さん。

 どんな人でも助ける完璧超人みたいな印象で、こういうちょっとした人間らしい所を見ると好感度が上がるな。


 諏訪部さんについて行き、家に入る。

 ここが諏訪部さんの実家……家の中も、想像よりずっと庶民っぽい。綺麗にはされてるけど、調度品や芸術品が並んでるわけじゃないな。


 リビングに案内されると、甘い香りが鼻をくすぐった。

 テーブルには色とりどりのお菓子が並べられ、その他にも綺麗な花々がテーブルを彩っている。

 すごい……めちゃめちゃ歓迎されてるじゃん。



「さあどうぞ! まずはお菓子を食べながら、歓談しましょう!」

「ええ、いただきます」



 梨蘭はなんの疑いもなく席についたが……ふむ。



「なあ、諏訪部さん。ご両親は今日は仕事か?」



 家の中には俺達以外の人の気配がない。

 大企業の社長と社長夫人ともなると、休日も仕事なんだろうけど……。



「あ、言ってませんでしたね。両親は海外の拠点を転々としていて、ここは私に買い与えられた家なんですよ。学校にも近いですから」



 学校に近いって理由で、1人娘のためにこんな一軒家を買い与えた、と?

 そんなほいほい家を買うって……なんか雲行きが怪しくなってきたなぁ……。

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