第126話

   ◆



「──はっ!? うっ……!」



 あぁ、頭がいてえ。

 ここは……寧夏の別荘か。俺、風呂場で気絶してたんだな。

 ……なんか風呂場でいいことがあったような気がするけど……なんだっけ、忘れちまった。


 ベッドから起き上がり、スマホで時間を確認する。

 朝の8時か。そういや、昨日は昼飯も中途半端だったし、夕飯も食べてない。


 それを理解すると。ぐりゅるるるるるるるる~。

 ……腹、減ったな。


 ベッドからゆっくり起き上がる。

 すると。


 むにゅん、もにゅん。


 ん? なんだろう、この異様な柔らかさは。

 今まで触って来たことがないような……それでいて先端が硬く、奥の方に芯のようなものもある。

 一瞬掛け布団かと思ったけど、それとも違う柔らかさだ。


 布団の中に確かにある感触。

 しかもこれ、感じたことある柔らかさというか、触ったことあるというか……?

 んー……どこで触ったんだろう、わからない。


 そんなことを考えながらもーみもーみ。

 ダメだ、頭が回らない。でも柔らかい。離せない。もーみもーみも——。



「ぅ~~~~っ! うがああああぁぁーー!!」

「おわ!?」



 布団がふっとんだ!?

 いや親父ギャグじゃなくリアルに!


 突然の大声と共に布団が宙を舞い。

 それと共に、布団の中にいたのか真っ赤な顔をした梨蘭が飛び出してきた。


 ベッドから飛び起き、自分の胸を抱き締めて睨んで来る梨蘭。

 涙目で体をビクビクと痙攣させ、膝もがくがくと震えている。


 え、ん? ……まさか、今のって!?



「あぁ、あぁ……あぁきぃとぉ~……!」

「ま、待て。今のは不可抗力だ。ここに梨蘭がいるって知らなくて……!」

「で、でもっ、あんなにも、揉む、揉むなんて……! ……ん?」



 ……? 梨蘭、どこを見てるんだ? 俺の下の方を見てるような。

 梨蘭の視線の先を辿るように下を見下ろす。


 ——ガウンが見事にテントを張っていた。


 場を支配する静寂。

 それと同時に、俺の中で何かがぼろぼろに崩れ落ちる音が聞こえた(気がした)。



「「…………」」



 梨蘭は顔どころか、耳や首、うっすらと見える鎖骨まで真っ赤にし、そっと目を伏せる。

 俺も、布団を手繰り寄せてテントを隠した。



「ご、ごめん。色々と、その……」

「う、ううん。大丈夫、です……ちょっと、安心したというか」

「……安心?」

「ほ、ほら、暁斗って今までチャンスがあったのに、私に手を出さなかったじゃない? だから私って、魅力がないのかと思って……」



 あ、あー。そういうことか。

 確かに俺は今まで、梨蘭に手を出そうとしたことがない。

 夏休みの宿題をするときのご褒美だって飛びつかなかった。


 でもそれは、梨蘭を大切に思っているからだ。


 梨蘭が大切だからこそ、そんな生半可な覚悟で一線を越える訳にはいかない。

 そう思っていたんだが……逆に梨蘭を心配させていたらしい。



「だ、大丈夫だ。ぶっちゃけたことを言うと、梨蘭ほど魅力的な女性はいないと思ってる。本当に」



 心から思っていることを言葉にする。

 が、梨蘭は少し不満げな顔で何かをぼそぼそと呟いた。



「じゃあ、なんで手を出してきてくれないのよ……」

「え? なんて?」

「なんでもない!」



 えぇ……今度はキレられた。

 女心と秋の空とは言うけど、女心わからない。今は真夏だけど。



「こほん。ま、まあ、暁斗が私のことをいやらしい目で見てることはわかったわ」

「おいコラ、言葉には気を付けろ」

「見てないの?」

「……見てる、けど」

「ふふふ。エッチ、変態、すけべ」



 こんな嬉しそうにすけべって言われたの初めてなんだけど。



「そ、それじゃあ私はリビングに行くわね。お腹も空いたし」

「あ、それなら俺も」

「暁斗はそれが落ち着いたら来なさい。璃音達に見られてもいいなら、それでもいいけど」



 そうでした。


 結局10分程布団にくるまって落ち着くのを待ち、俺もリビングへ向かう。

 と、既に起きていたみんなは先に朝食を食べていた。



「おー暁斗。大丈夫かよ。昨日風呂場で倒れたらしいけど」

「ああ。なんで倒れたかは覚えてないけど、今は体調も万全だ」

「ほーん。覚えてない、ねぇ」



 みんながニヤニヤと梨蘭を見る。

 梨蘭は顔を真っ赤にしてもくもくとパンを食べてるけど……梨蘭に何か関係があるのか?

 ……ダメだ、全然覚えてない。



「にしし。まあいいや。暁斗、今日は午後には出発するらしいけど、お前は休んでろよ。湯あたりしてぶっ倒れたんだからよ」

「ああ。わかってる」



 さすがに風呂で倒れた翌日に海に入るのは自殺行為すぎるからな。

 今日は大人しく、イヤリングが見つかるように祈って——。



「お、お嬢様、大変です!」



 と、そこに。メイドさんが慌てたようにリビングに入って来た。



「んー? どったの?」

「そ、それが、岩場に……!」



 岩場……?

 ……まさか……!



「アッ、少年!」



 リーザさんの声を背後に聞きながら、テラスから外階段を使って浜辺へと降りていく。

 昨日岩場で助けたハンドウイルカが、またあそこにいたら……!


 そんな最悪な展開を考え岩場に向かうと。



「こ、これは……!?」

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