132話

「どうかした?」


「い、いや……なんでも…」


 誠実が沙耶香に見とれていると、視線に気がついた沙耶香が、誠実に尋ねてくる。

 誠実はごまかしながら、視線を前の方に戻す。

 少し歩いて、ファミレスに到着した誠実と美奈穂は無事に席に着く事が出来た。


「入れてよかったな、この人だから待つことになるかと思ったぜ」


「ギリギリだったよね~。さて、メニュー見ようか」


 料理を注文し、誠実と沙耶香は料理が来るのを待っていた。


「そういえば、海の近くでバイトだったんだよね? どうだった? もう海水浴してる人とか居た?」


「いや、撮影に使った場所は撮影用に許可取って、関係者以外入れないようにしてたから、ちょっとわからないな。あ、でも天気が良くてな~、足だけしか海に入れなかったのが残念だ」


「じゃあ、私と行くときは一杯泳げば良いよ」


「あ、海に行くの確定なのね……」

 

 そろそろ計画を立てなければ行けない時期だと、誠実も思っていたので、丁度良いと思い、誠実はメンバーや日時の話しを沙耶香にする。


「行くとしたら、武司と健。あと女子は……」


「え? 二人だけじゃないの?」


「い、いや…あの…皆居た方が楽しいし、それにみんなと夏の思い出作りもしたいだろ?」


「むぅ……私は二人でも良いのに……」


「そう言う事を言わない」


「イタッ。もぉ~やったなぁ~」


 誠実は沙耶香の頭に軽くチョップをする。

 全くと言っていいほど、力を入れて無かったので、痛いはずは無いが、沙耶香は誠実に笑いながらチョップを返す。


「イテ。まぁ、メンバーは大体勉強会の参加メンバーで良いだろ?」


「そうだね、今試しに皆にメッセージ送って聞いてみるよ」


「俺も馬鹿二人に聞いてみるわ」


 誠実と沙耶香はそれぞれの友人に、海にいかないかとメッセージを送る。

 そんな事をしている間に、料理が運ばれて来た。

 誠実はカツ丼、沙耶香はパエリアを注文した。


「パエリアか……懐かしいな」


「懐かしいって言っても数ヶ月前の話だよ?」


「あ、そっか…色々ありすぎて遠い昔に感じる」


 パエリアは、誠実が料理に自信がと実力が付いてきた頃に、自分で作り方を調べ、沙耶香に味を見てもらい、初めて沙耶香に美味しいと言われた、思い出深い料理だった。


「誠実君の方が美味しかったな」


「おだてても何も出ないぞ?」


「バレたか」


「え? 本当にただおだててただけ?」


「ウフフ、冗談だよ。味は本当に誠実君の作った方が美味しい」


「それはありがとう、そういえば俺って、ちゃんと沙耶香の作った料理食った事無いかも……」


「そうだね、教えるだけで、私の作った料理をちゃんと食べてもらってないかも」


「今度食わせてくれよ」


「ほっぺにチューしてくれたら良いよ」


「なっ!?」


 笑みを浮かべながら、誠実に言う沙耶香に、誠実は頬を赤く染めて沙耶香の頬を凝視する。 驚きで、なんと言って良いかわからずにいると、沙耶香が笑顔で言葉を続ける。


「あ、私にさせてくれてもいいよ? ほっぺかはわからないけどね~」


「ま、全く。最近の沙耶香は、俺をからかいすぎだぞ? 冗談もほどほどに……」


「冗談じゃないよ」


「え?」


「昨日言ったよね? 今日は私、誠実君に甘えるって」


 沙耶香のその言葉に、誠実は一体どんな風に沙耶香が甘えてくるかを想像してしまう。


「あ、甘えるって…具体的には?」


「そうだなぁ~、とりあえず、歩くときは手をつなぎます」


「あ、それくらいなら……」


「訂正します、腕を組みます」


「ちょっと待て。今俺の反応を見て、甘えのグレードを上げたよな?」


「ダメ?」


「首をかしげて、上目遣いで言ってもダメ! それは絶対に出来ません!」


 可愛らしくお願いする沙耶香に、誠実は首を縦に振らない。

 誠実が腕を組みたくない理由は、二つあった。

 一つは恥ずかしいから、そして二つ目は沙耶香の胸が、絶対に腕に当たるからだった。

 沙耶香の大きな胸が、一日中腕に当たっているなんて考えたら、まともに街など歩けないと誠実は思っていた。


「む~、じゃあ我慢するよ手で」


「そうしてくれ、俺の為にも…」


 話しをしながら、誠実と沙耶香は食事を終えて、店を出た。

 約束通り、手を繋いで近くのショッピングモールに向かう。

 このデートコースは、誠実が中村からのアドバイスを元に立てたデートコースだ。

 中村いわく、ショッピングモールの中ならば、色々な店もあるし、飲食店もあるので、行き先に困らないらしい。


「私、ちょっと洋服見たいんだけど、良いかな?」


「あぁ、別にいいよ、どこの店に行こうか」


 誠実と沙耶香は案内掲示板を見ながら、行く店を決め、目的地に向かって歩いて行く。


「せ、誠実君も選んでくれる?」


「まぁ、服買いたいって言われたときに、そんな予感はしてたよ……いいよ、俺あんまセンス無いけど」


「大丈夫! 誠実君の好みで良いから!!」


 二人は女性向けの洋服店に入って行く。

 すると、早速店員さんが声を掛けて来た。


「いらっしゃいませ~お客さ……」


「あ、あなたは……」


 偶然と言うのは恐ろしいと、誠実はこの時思った。

 話しを掛けて来た店員は、美奈穂と買い物に行った時に居た店員だったのだ。


「な、なんでここに……」


「あぁ、貴方は可愛らしい彼女さんと来店した彼氏さんじゃないですか~。私、今このお店で働いてるんですよ~。今日は………浮気ですか?」


「断じて違います!」


 店員のお姉さんはニコニコしながら、誠実の隣の沙耶香を見て誠実に言う。

 横で聞いていた沙耶香は、機嫌悪そうに誠実と店員のお姉さんの話しを聞いていた。


「あのですね、あれは妹でして……」


「あぁ~妹さんだったんですか! 私勘違いしてました、すいません」


「いえ、わかっていただければ……」


「シスコンなんですね~」


「どこを勘違いしてたんだよ!!」


 誠実は店員さんにツッコミながら、沙耶香に話しの説明をする。


「この前、この人が別の店で働いてて、そのときに美奈穂とその店に行ったんだよ。あの人は俺を美奈穂の彼氏だと勘違いしてるんだ」


「ふ~ん、兄妹仲いいね!」


「……なんで怒ってるの?」


「怒ってません!」


 そう言いながら、沙耶香は誠実の手を強く握る。

 力は弱いが、誠実は地味に痛かった。

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