98話




「じゃあ、撮影再開しまーす」


 カメラマンのかけ声と共に、公園での撮影が再開された。

 誠実と美奈穂はマイクロバスから下り、美奈穂は撮影に向かい、誠実は少し離れた場所でその様子を見ていた。

 カメラに様々な表情と視線を送る美奈穂は誠実にとって新鮮で、見ていてドキドキした。 こうして本格的にメイクをし、可愛い服を着れば、美奈穂はそこら辺のアイドルなんかよりも可愛く、誠実は本当に自分の知っている美奈穂なのかわからなくなった。


「すげぇな……」


「でしょう?」


「うわっ! な、中村さん……でしたっけ?」


「どう? 初めて見る美奈穂ちゃんの撮影姿」


 突然隣に現れた中村に誠実は驚きつつも、美奈穂の撮影を見る。

 いつもは見ない、モデルとしての美奈穂の姿に誠実は素直に思う。


「なんて言うか……妹が先に大人になってしまった気分です」


「まぁね、これも仕事だからね、高校生のお兄さんがそう感じる気持ちもわかるわ」


 自分はバイトもした事が無いのに、妹はこうして仕事をしてお金を稼いでいる。

 美奈穂の撮影を見て、誠実はその事を強く感じる。


「大きくなったな……」


 子供の時はいつも誠実の後ろをついて着ていた美奈穂。

 しかし、今は違う。

 自分から進んで色々な道に進もうとしている。


「そう言っても年は一つしか変わらないでしょ?」


「……色々あるんですよ」


「そう? あ! お待たせ、お兄さんのお友達も登場よん」


「え、美沙が?」


 誠実は中村の指さす方を見る。

 そこには着替えを済ませ、完璧にメイクを済ませた美沙がカメラマンと話をしていた。

 そこにいた美沙は、先ほどまでの感じとは違い、どちらかと言うと大人しい感じの服装だった。

 しかし、その服装が似合っていない訳ではない、むしろ逆に凄く似合っていて、誠実は思わず見とれてしまった。


「なんか……女って怖いっすね」


「女はいくらでも化ける事が出来るのよ、私みたいにね!」


「あははは……そ、そうですね……」


 誠実はなんと応えて良いものかわからず、愛想笑いをしてごまかす。

 しかし、美沙は本当にいつもと違う大人しい感じの雰囲気で、凄く綺麗だった。

 カメラに向かってポーズをとる美沙に、誠実は見入ってしまった。


「……凄いっすね」


「まぁ、確かにカメラの前であんなに自然に振る舞える素人も珍しいわね。本当に才能あるんじゃないかしら……」


 美沙は特別恥ずかしがる事も無く、カメラの前でポーズを決める。

 美沙の性格上、緊張とは無縁なのだろうと思っていた誠実だったが、まさかここまでとはと驚く。


「……で、この写真が載る雑誌っていつ発売何ですか?」


「あぁ、これはホームページに載るのよ。良かったら見てみてね」

 

 誠実と中村がそんな話をしていると、美沙の撮影が終了したらしく、美沙が笑顔で手を振りながら誠実の方に歩いてくる。


「いやぁー、以外と緊張するね~」


「どこがだよ、いつも通りじゃねーか」


「でも、いつもより可愛いでしょ?」


 上目遣いでそう言う美沙に、誠実は思わず顔を赤らめる。

 そんな誠実を見て、美沙は待たしても誠実をからかい始める。


「おいおい~、顔が赤いぞ~」


「うっせ! こっち見んな!」


 誠実と美沙のじゃれ合いを横で見つめる中村。

 中村はやれやれといった表情でその場を離れ、遠目で誠実と美沙を見つめる美奈穂に話掛ける。


「どうしたの? 暗い顔で」


「……別に……何でも無いです」


「可愛い顔が台無しよ?」


「元々そんなに可愛くありませんから」


 あからさまに機嫌の悪い美奈穂に、中村はまたしてもやれやれといった様子で美奈穂に言う。


「お兄さん、取られちゃったわね」


「別にいりませんから」


「顔に出てるわよ、悔しいって」


「出てません!!」


 そう言いつつも顔を真っ赤にしながら、自分の頬を叩く美奈穂を見て、中村は笑みを浮かべる。


「恋って難しいわよね……自由って言いつつも世間体があったり、血縁関係があったり……」


「……何が言いたいんですか?」


「ただの独り言よ、聞き流してちょうだい」


「はぁ……」


 そう言って中村は話を続ける。


「昔、綺麗な物が好きだった男の子は、みんなから気持ち悪がられて、大好きだった人にも見放された。好きでいけないなんて法律はないのにね……」


「……それで、その男の子はどうしたんですか?」


 美奈穂はその話が、中村本人の事である事に気がついて居た。

 だからあえて聞いた、中村がどうやって今のようになったのかを……。


「もう吹っ切れて、オネェキャラを貫いたのよ! そうしたら、意外とうけてね! 今はマネージャーなんてやってるのよ!」


「………」


 全く参考にならない回答に、美奈穂は肩を落とす。

 中村に期待した自分が馬鹿だったと思いながら、美奈穂はため息を吐く。


「あぁ……そうですか」


「だからね、美奈穂ちゃん……」


 呆れた様子の美奈穂に、中村は笑顔で言う。


「本当に好きなら、誰になんと言われてもその気持ちを貫きなさい。好きでいる事は悪いことじゃないし、罪でもないのよ」


「中村さん……」


 その中村の言葉に、美奈穂は勇気をもらった気がした。

 妹が兄に恋をするのはおかしい、それが世間の自然な反応だ。

 しかし、恋に落ちてしまったら一体どうしたら良いのだろう?

 美奈穂はそのことで悩んでいた。

 焦って沙耶香と栞に兄が好きと宣言したものの、実際は自分に勝ち目なんて無い事はわかっていた。

 しかし、中村の言葉で美奈穂は色々と吹っ切れた。


「中村さん……今度の撮影も出てあげても良いですよ」


「ふふ、助かるわ。頑張りなさい」


 中村に見送られ、美奈穂は誠実の元に向かって歩いていく。

 そんな美奈穂を見ながら、中村は笑みを浮かべる。


「若いって……素敵ね」


 そんな事を思いながら、中村は次の仕事の準備を始める。

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