97話

「それで……美奈穂、この人は?」


「あぁ、私のマネージャーの中村さん」


「初めまして、可愛いボウヤ。私は中村セリカよん」


 体をクネクネさせながら、自己紹介する中村に、誠実顔を引きつらせながら挨拶する。


「セリカって……男性ですよね?」


「うふふ、私に性別なんて存在しないの、わかる?」


(いや、全くわかんねーよ……)


 話してみた感じや先ほどの行動から、薄々は感じていた誠実だが、この自己紹介を聞いて確信に変わった。

 この中村セリカさんはオカマなのだと。


「い、いつも妹がお世話になって居ます……」


「うふふ、美奈穂ちゃんから聞いてるわよ。なかなか可愛いお兄さんね……食べちゃいたい」


「あ、あはは……勘弁してください」


 苦笑いをしながら誠実は中村さんから距離を置く。

 まさか妹のマネージャーがオカマさんだったなんて思わず、驚く誠実。


「それにしても、誠実君の妹さんって本当に可愛いよね~」


 中村に怯える誠実をよそに、美沙は美奈穂を見ながら、目をキラキラさせて言う。 


「でしょう~、美奈穂ちゃんは大人気でね~、撮影ってなると、ファンが集まって来ちゃうのよぉ~」


「へ~、凄いね美奈穂ちゃん」


「ど、どうも……」


 言われて柄にもなく照れる美奈穂。

 なんだか美沙のおかげで話しがそれているので、誠実は美沙に感謝する。

 しかし、元はと言えば美沙が居なければこんなことにはなっていないので、誠実は感謝

するべきか改めて考える。


「良かったら、美奈穂ちゃんの撮影見ていかない?」


「え、いいんですか?」


「妹さんがどんな事をやってるのか、気になるでしょ? それにお兄さんが居た方が、美奈穂ちゃんも頑張れると思うし」


 中村の提案に、誠実はどうするべきか頭を悩ませる。

 確かにこういう撮影現場を見るのには興味がある。

 しかし、勉強もしなければならないし、何より美奈穂が嫌がるかもしれないと思うと、誠実はどうするべきか悩む。

 悩んでいる誠実に、美奈穂は静かに言葉を発する。


「見ていけば、おにぃが見てるのなんて気にならないし」


「え? 良いのか?」


「別に気にしないわよ」


 冷静な態度で誠実にそういう美奈穂だったが、内心では焦っていた。

 一人で勉強すると言っていた兄だったが、まさか女の子と二人であっていた。 

 美奈穂自信も、自分がヤキモチを焼いている事には気がついていた。

 そこで、いつも兄には見せないモデルとしての自分を見てもらい、好感度を上げたかったのだ。


「お嬢さんも見ていくでしょ?」


「え! 私も良いんですか?」


「えぇ、友達が見ていくのに一人だけ帰るのもいやでしょ? それにあなたも可愛いから、試しに何か着てみない?」


「えぇぇ!! そ、そこまでは流石に……私、美奈穂ちゃんみたいに可愛くないから似合わないし……」


「そんな事無いわよ~、お兄さんだってそう思うわよねぇ?」


「え?」


 急に話を振られ、誠実は戸惑う。

 そんな誠実の言葉を美沙は緊張した様子で待つ。


「まぁ、顔は良いですからね……」


「ほら~、大丈夫よ自信もって! ちょうど今週の素人モデルコーナーに出る子を探してたのよ~、ささ早く服を選びに行きましょ!」


「え、えぇぇぇ!」


 そのまま美沙と中村は車を下りて、別なマイクロバスに向かって行った。


「中村さんの言うとおり、美沙さん……だっけ? 可愛いわよね」


「お、おい……なんでそんな怒ってんだ? 後ろから悪魔が降臨しそうな勢いだぞ……」


「別に!」


「いってぇぇぇ!!」


 誠実は美奈穂にヒールの踵(かかと)で足を踏まれ、大声をあげる。

 美奈穂はフンとそっぽを向き、そのまま不機嫌そうにスマホを弄り始める。

 一方、中村によって連れて行かれた美沙は、現在マイクロバスの中で衣装合わせをされていた。


「う~ん、これが良いかしらね」


「あ、あの……本当に私に似合いますか?」


 スタイリストの女性が選んだ服は、美沙が普段は着ないような清楚な感じの服。

 美沙は正直、この服が自分に似合うとは思っていなかった。

 美沙はいつもはスカートなどはあまり着ない、しかしスタイリストさんが選んだ服装はワンピースに薄手のカーディガンだった。


「私の目に狂いはないわ! なんせこの業界でもう十年やってるんだから!」


「でも……私あんまりこういう服着ないので……」


「なら尚更着て見た方が良いわ、絶対似合うから!」


 美沙はスタイリストの女性に強く進められ、渋々着てみる事にした。

 車内での着替えを済ませ、美沙は再びスタイリストさんの元に戻り、引き続きメイクをしてもらう。

 その間、大きな鏡を見る事が出来ず、美沙は自分の服が似合っているのかわからなかった。

「は~い、じゃあ今度はメイクですね、今日は薄化粧してるのね、じゃあとりあえずメイク落としますね~」


 スタイリストさんとは別の女性が、美沙の前に座りメイクを始める。

 狭い車内のため、鏡で自分の顔を確認出来ないため、美沙は自分の顔がどうなっているのかわからない。

 そして数分後……。


「は~い、これで完成。簡単にだけど、元が良いからこれでも可愛いわね~」


「は、はぁ……鏡はありますか?」


「あぁ、ちょっと待ってね、今持ってくるから」


 そう言ってメイクの女性はマイクロバスの外に出て行ってしまった。

 すると、入れ替わりで中村がマイクロバスの中に入ってきた。


「あら、思った通りね、良い感じよ~」


「そうですか? 私まだ鏡見てないのでわからなくて」


「うふふ、じゃあ楽しみにしておくと良いわ。これなら彼も意識してくれるんじゃない?」


「え、それって……誠実君の事ですか?」


「そうよ、私が見たところ、まだ付き合ってはいないのね……しかも、美奈穂ちゃんのあの様子だと、美奈穂ちゃんも好きなのね~、恋って良いわ~」


 なんで少し話しをしただけでこの人はここまでわかるのだろう?

 そんな事を考えていた美沙に、中村は言葉を続ける。


「美奈穂ちゃんのお兄さんってモテるのね~」


「そうですよね、本当に困っちゃいます」


 笑顔で応える美沙だったが、内心はあまり誠実がモテるという事は考えたく無かった。

 そんな美沙に気がついたのか、中村は優しい笑顔で美沙に話す。


「罪な男ね、こんなに可愛い子が居るのに、他の女にまでうつつを抜かすなんて……」


「わかるんですか?」


「えぇ、ただの予想だけど、彼には不思議な魅力があって、多くの女性に好かれている感じがするわ……あなたも彼に好意を持っている一人なんでしょうね……」


 本当にこの人は何者なんだと美沙は思った。

 これまでの誠実の女性関係をまるで前から知っているかの如く当てていく。


「私も学生時代は恋に燃えたわ~」


(どっちに恋したんだろう?)


 男にも関わらず、女性のような口調と態度の中村に、美沙はそんな事を考える。

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