第5話

 翌朝、誠実は自分でも思うほど、酷い顔で目が覚めた。

 顔を洗おうと、洗面所に向かったところ、母親からは「あんた誰?」とマジ顔で言われ、父親からは「どうした? 父さんに不満でもあるのか?」などと言われてしまった。


「はぁ~、憂鬱だ……」


 洗面所で顔を洗い、少しはマシになった顔で学校に向かう誠実。


「おはよ~」


「うわ! 化け物!」


「ぶっ殺すぞ武司」


 朝から失礼な武司に、誠実は元から酷かった顔をさらにゆがめて言う。


「武司、今日はあんまり誠実をからかうな、随分気が立ってるようだ」


「まぁ、昨日の事もあったし、今日は振られに行くんだしな……誠実、飲み物おごってやるよ……」


「やめろ、あからさまに優しくするな!」


 朝から二人にからかわれ、さらに精神にダメージを受ける誠実。

 とりあえず、放課後に綺凛を呼び出そうと、さっそく手紙を書き始める誠実。


「この手紙を書く姿を見るのも最後か……なんか悲しいな……」


「ラブレターもそうだが、基本惚れた方が負けなんだよ。手紙は出す側じゃなて、もらう側が主導権握ってんだから」


「お前ら、優しいんだか厳しんだかハッキリしろよ……」


 呆れた様子で誠実はペンを走らせ、紙に文章を書いていく。

 そんな騒がしい三人の元に、一人の女生徒が近づいてくる。


「おはよう、みんなどうしたの? いつも以上に騒がしいけど?」


「あ、部長おはよ。ちょっとね……」


 話をかけてきたのは、誠実たちのクラスメイトであり、料理部実質部長でもある沙耶香だった。

 登校してきたばかりらしく、肩にスクールバックをかけている。


「何を話してたの?」


「誠実が今日最後の告白をするんだと」


「え? 最後?」


「健! 別に言わなくても……」


「誠実、お前は世話になった前橋に、今日で最後にすることを言わないつもりだったのか?」


「いや……そうじゃないけど、でも告白した後でも……」


 誠実と健が話をしていると、沙耶香が興奮気味に話しに混ざってきた。


「さ、最後って何?!」


「え、えっと……今日の告白でダメだったら、山瀬さんの事を……諦めようって……思って……」


 誠実は沙耶香の勢いに押されながら、事の経緯をざっくり説明する。

 すると、沙耶香はなぜか顔を隠して誠実たちに背を向けてしまった。


「ぶ、部長? どうかした??」


「な、なんでも……ないよ。ごめん私、急用が出来て……それじゃ! 頑張ってね!!」


「お、おう」


 そのまま沙耶香は三人に背を向けて、その場を立ち去って行った。

 誠実だけが、おかしな態度の沙耶香に疑問を持ったが、健と武司は何かを悟っり、口元をニャニヤさせながら、誠実を見ていた。


「な、なんだよお前ら……気持ち悪い……」


「いや~、なんでもねーよ。青春だな~って思ってさ」


「誠実、きっと今日は最悪の日だろうが、これからはバラ色の日々が続くかもしれんぞ」


「? 二人して何言ってんだ? とにかく俺は、呼び出し用の手紙書くから邪魔すんなよ」


 誠実は変なことを言う二人を放っておいて、綺凛に手紙を書き始める。

 内容はただの呼び出しなのだが、そんな何気ない手紙にも、今日は気を使い、丁寧な文字で文章を書く。

 悔いのないような最後にするために、誠実は授業中もなんと言って告白したら良いか考えていた。

 そして迎えた、放課後。

 誠実はいつも以上に緊張していた。


「誠実、大丈夫か? 顔がいつも以上に面白いことになってるぞ」


「どういう状態?! いや、緊張しちゃって……」


「今更何言ってんだよ。いつも告白の時は恥ずかし気もなく、いろいろやってたじゃねーか」


「今日は違うんだよ!」


 もう今日で終わりにすると心に決めた以上、次はない。そう思うと誠実は心配やら不安やらで頭はパニックを起こし、いつもはしない緊張までしてしまった。


「で、どこに呼び出したんだ?」


「四階の空き教室」


「お! 放課後、空き教室! 告白っていうか、エロゲーのワンシーンで出てきそうなシチュエーションだな」


「うるせーよ! いいだろ別に」


 誠実は教科書などをバックにしまい、帰りの支度を済ませ、立ち上がって頬を叩き気合を入れ直す。


「よし! 行ってくる!!」


「がんばれよ~、俺らはここで待ってるから」


「あぁ……」


 そう言って、誠実は教室を飛び出し目的の場所に向かっていった。

 残された武司と健は、今後の展開を話していた。


「まぁ、昨日の山瀬さんの様子じゃ、誠実が振られて終わりだろ」


「とりあえず、カラオケの予約は入れた」


「健、準備良いな。今日くらいは誠実に奢ってやるか」


「そうだな」


 誠実が降られることを前提に話を進める健と武。

 長い付き合いで二人はよくわかっていた。

 こういうときに、どうすれば誠実は喜ぶのかを……。






 私、前橋沙耶香は今、自分を嫌な女だと思いながら、トイレの個室でニヤニヤしていた。

 なぜ私が、こんな変態みたいなマネをしているかというと、今日の朝、とある男子生徒三人の話しを聞いてしまったからだ。


「……誠実君、今日で終わりにするんだ……」


 入学して一カ月程で仲良くなった男子生徒、伊敷誠実。

 最初は変な人だと思った。

 急に私の所属する料理部にやってきて「俺料理を教えてください!!」と言って仮の部長である私に土下座で頼んできたのだ。

 話を聞くと、意中の相手に好かれるために、料理を習いたいという話だった。

 最初は「そんな浮ついた理由か」と呆れたし、すぐに嫌になってこなくなるだろうと思ったが、彼は違かった。

 毎日毎日、放課後の遅い時間まで練習し、どんどん腕前を上げていった。

 教えている私でさえも、驚くほど、彼は器用になんでも覚えていった。


「なんでそんなに頑張れるの?」


 そんな事を聞いたことがあった。

 そしたら彼は笑顔で即答した。


「山瀬さんに好かれるためです!」


 なんと下心丸出しの回答だろう、そう思ったが、同時に私が同じ立場であった時を考えると、ここまでできるかを考える。

 正直無理だろう。

 一人の異性に好かれるために、素人が二週間弱で人に出せるような料理を作れるようになるなど。

 私は教えていくうちに、そんな誰かのためにここまで努力できる彼にあこがれ……そして気が付いたら好きになっていた。

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