第6話

「こう言っちゃあれだけど……誠実君、絶対振られるよね……」


 私は本当に嫌な女だとこの時思った。

 口では「応援している」なんて言ってはいたが、いざとなってみれば、彼が振られることを望んでいる。


「振られたら、きっと誠実君悲しむよね……そうしたら私が優しく……ウフ、ウフフ……」


 トイレの個室で不気味に笑う私。

 傍から見ればただの変質者だ。

 しかし、どうしてもニヤニヤが止まらない、絶対に片思いで終わるであろうと思っていた恋が、実を結ぶ時が来たのかもしれない、そう考えるだけで顔がにやけてしまう。

 一人、トイレの個室でニヤニヤしていると、スマホの通知がなった。


「ん? こんな時に何かしら……」


 通知はSNSのアプリからきており、部活の友人からのメッセージだった。

 メッセージには「部活やるから早く来て」というものだった。

 私は誠実君の事で頭がいっぱいで部活の事をすっかり忘れていた。


「あ、早くいかないと……」


 私は急いでトイレの個室を後にし、家庭科室を目指して駆けていく。


「遅くなってごめん!」


「あ、やっと来た! 部長が居なきゃ始まんないでしょ?」


 話をかけてきたのは、先ほどのメッセージをくれた本人であり、私の友人の古賀志保(コガシホ)だ。

 中学時代からの友人で、一番仲の良い友人でもある。


「今日は何作る?」


「うーん、熱いし……シャーベットなんてどうよ?」


「おぉ、良いね。おいしそう!」


 今日何を作るかを話し合っている他の生徒は料理部の部員だ。

 今年の初めに、私と志保で料理部をつくって活動しているため、部員は全員一年生。

 元々料理が好きだった私は、志保と一緒に料理部を作り、日々料理の腕を磨いている。

 みんなも理由は様々だが、料理に興味があって集まっている。


「そういえば、うちのクラスの山瀬さん、沙耶香のクラスの伊敷君にまた呼び出されてたわよ!」


「おぉ、相変わらず頑張ってるね~、流石にしつこいけど……」


「懐かしいよね~、うちの部に最初来たときはロクに包丁も使えなくて……」


「でも最後には、パエリアなんて洒落た物を作るほどに成長して……」


 誠実君の話になり、みんなで昔話に花を咲かせる。

 誠実君は、誰に対しても優しく、一生懸命なところもあり、直ぐに部の皆に馴染んだ。

 女子だけの部なのにも関わらず、普通に部を楽しんでいた。


「あ~あ、なんでうちの部長じゃなかったんだろうね~」


「えぇ! な、なんのこと?」


「とぼけても無駄無駄。みんな知ってるよ~」


 ニヤニヤと笑いながら数人の部員が私のもとに迫って来た。


「部長、伊敷君に料理教えてるとき、顔赤くしてたし~」


「誰だっけ~? 伊敷君見ながらボーっとしてて、お鍋を焦がしたのは~」


 バレていないと思っていたのだが、実際は皆にバレバレだったことに、私は今気が付いた。

 私は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。


「う~、し、仕方ないでしょ! 好きなんだもん……」


 思わず声に出して言ってしまった私。

 言葉にするとさらに恥ずかしさが増し、さらに顔が熱くなった。


「あ~あ、伊敷君も部長に切り替えれば、みんな幸せなのにね~」


「いつまで告白続けるんだろうね? でも、部長に望みが無いわけじゃないし!」


「私らは部長の味方だよ~」


 なんだかんだ言っても、応援してくれている様子の部員たち。

 そんな彼女たちに今日の出来事を話し、相談してみてはどうだろうか?

 私はそう考え、部員皆に今日の誠実君から聞いた話をする。


「実は……そういう訳で……チャンスなんでは? っと……」


 話し終えると、みんなは目をキラキラと輝かせ、私の方に勢いよく迫ってくる。


「部長! やったじゃん! チャンスもチャンス! 絶好のチャンスよ!!」


「振られて弱っている伊敷君に、部長が優しく上目遣いで『私じゃ……ダメ?』とか言えば一発よ!!」


「いけるわ部長! そうと決まれば……みんな! わかってるわね!」


「「「はーい!」」」


「え? な、なに?」


 なぜかみんなエプロンを外し、家庭科室から出て行こうとする。

 私は不思議に思い、みんなに指示を出した志保に尋ねる。


「決まってるでしょ! チャンスを掴みに行くわよ!」


「振られたところで部長が登場!」


「優しく慰めて、あとはゴールイン!!」


「そういう訳で、伊敷君を探しに行くわよ!!」


「「「おー!!!」」」


 仲の良い部の為、こういうお祭り騒ぎの時の団結力はすさまじい。

 しかし、完全に当事者である私の意見を無視している。


「……わ、私の意志は?」


 一人になった家庭科室で、私は一人、みんなのペースから外れ、ポツンと立っていた。

 慰めると言ってはいたが、具体的になんと言っていいかわからない。

 それに、彼の恋を応援していたのに、いざ自分が彼を好きになったからと言って、振られること前提で話を進めるのは違う気がした。


「はぁ……どうしよう」


「何が?」


「え? い、伊敷君!!!」


 ため息をついて椅子に座っていると、誠実君が私の目の前に現れた。

 私は驚き、思わず勢いよく立ち上がり、椅子を倒してしまった。


「ど、どうかしたの?」


 私は倒した椅子を戻しつつ、彼がどうしてここに居るのかを尋ねた。


「いや、ちょっと告白前に部長に相談があって」


「相談? 私に?」


「うん、今更遅いけど……よくよく考えたら99回告白してくる男って、女子から見てどうなんだろうなって……」


 私は正直、今更かと思った。

 ここまで来て彼はようやく、自分がやっていることに気が付いたようだった。

 顔を青くし、いつもよりも顔色は悪く、体調も悪そうな彼に、私は何と言って良いかわからなかった。


「う、う~ん……正直女性からの意見も色々あるから、一概にコレって言うのは無いかな? やっぱり人の価値観って違うから……」


「だよなぁ……はぁ~」


 ため息を吐き、彼は誰が見てもわかるほど、弱気な姿で家庭科室を後にしようとする。


「ありがと……じゃあ、行ってくるよ……」


 そういった彼の背中からは、いつもの強気は感じられない。

 私はそんな彼に何かしてやれないか考える。

 私があこがれた彼は、こんな姿の彼ではない。

 やる気に満ち溢れ、いつも背筋を伸ばして堂々と相手に好意を伝える彼の姿だ。

 今の弱弱しい彼に惚れたのでは無い、私は自信に満ち溢れ、どんなに失敗してもめげずに、ただ一人の女子を思い続ける彼に惚れたのだ。

 私は気が付くと立ち上がり、彼の背中に向かっていった。

 そして……。


「シャキッとしろー!!」


「ぐぇ!!」


 思いっきり背中にパンチをした。

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