第7話

「な、なんで俺……殴られたの……?」


「そ、それは……誠実君がそんなダルそうにしているからです!」


 実際は違う。

 正直彼を後ろから抱きしめて勇気づけよう。

 なんて事を考えていた私だったのだが、直前になって躊躇してしまい、咄嗟の勢いで彼の背中を思いっきり殴ってしまった。

 しかし、こんな良いわけで、彼は私の行動に納得するだろうか?

 

「そ、そうだったのか? 確かに、今日はちょっとだだるかったけど……」


 納得した様子だった。

 私は安心しつつも、彼の思考の残念さを感じながら話を続ける。


「そ、そうだよ! 誠実君はいつも告白する時は、やる気満々で頑張ってたのに、今は猫背で弱弱しい感じで……山瀬さんじゃなくてもそんな人からの告白は断っちゃうよ!」


「た、確かに……朝からみんなに酷い顔だといわれ続けてきたが、まさか姿勢までだったのか……」


 納得した様子の彼は、急に背筋を伸ばす運動や背伸びを始めた。

 おそらく曲がった背筋を伸ばそうとしているのだろうが、なぜか今日の彼からは、いつものやる気が感じられない。


「……何かあったの?」


 気になって私は彼に尋ねてみた。


「あぁ……実は……」


 私は誠実君から、昨日起こった出来事について聞いた。

 山瀬さんを偶然助けたのは良かったのだが、一緒に帰ることを拒絶されてしまったこと、その理由が自分が今までしてきた告白が原因だと言う事。

 彼は、それらを踏まえて、今まで自分のしてきた事や、山瀬さんの気持ちを考えた時に、自分のやって来たことが正解だったのかを再度考え、自分のやって来たことが間違いではなかったのかと思い、悩んでいるそうだった。


「普通に考えれば、90回以上の告白って変だもんな……もうストーカーだよ……はは……」


 力なく笑う彼に私は何も言えなかった。


「そうだよな……もっと早くに諦めておけば、傷も浅くて済んだのに……」


「でも……それくらい好きだったんでしょ?」


「うん、そうだな……好きすぎてそんな事にも気が付けなかったんだ……やっぱ恋って怖いな……」


 恋は盲目、なんて言葉があるが、彼にはそんな言葉がぴったりなのだろう。

 しかし、今ははっきりと彼は分かっていた。

 自分が恋した相手に、夢中になりすぎてしまい、自分の行動が少しおかしかった事に。

 目が覚めたと言えば聞こえは良いが、私からしたらそれは違う。

 私が好きになったのは、恋に盲目だった彼だ。

 好きになった相手を、一途に思い続ける彼が好きだった。


「もう、今日で終わりになると思うと……どうせ振られるんだしって、少しやけくそになっちゃってさ……」


「それで良いの?」


「え……」


「誠実君、今まで山瀬さんの為に頑張って来たじゃない! それなのに……最後がそれで良いの?」


「……良いよ……どうせ振られちゃうし……記念と思って、最後に言ってだけ来るよ……」


 私は彼のそんな弱気の姿をもう見たくなかった。

 彼のそんな言葉が許せなくなり、私は彼の方に近づき、頬を思いっきり叩いた。

 パーン、という痛そうな音だけが、家庭科室に響き渡る。

 彼は私の行動に目を丸くしていた。


「なんで……なんでそんな事言うの? 私は少しだけど、貴方の頑張りを知ってる! 確かに女子に好かれたいなんて理由で入部されて、正直腹が立ったけど! 貴方は人一倍努力して……他の部員以上に頑張って……料理ができるようになって……山瀬さんって言う好きな人の為に頑張ってたじゃない!!」


「えっと……ぶ、部長……?」


「私は! 伊敷君はすごいと思ったよ……好きになった一人の為に、なんでも頑張って……なのに、なんで今までの努力も無駄だったみたいな事を平気で言えるの?」


 私は気が付くと感極まって泣いていた。

 悔しかった。私の好きになった男の子が、私の好きになったところを否定している気がして、我慢ならなかった。


「お、落ち着いてくれ部長! 俺は何もそこまでは…」


「同じだよ! 確かにしつこいって思う人もいるかもだけど、それでも告白したのは、貴方が山瀬さんの事を好きだったからでしょ!」


「わかった! わかったから、俺が悪かったから!」


 私は勢いに任せて、今まで彼に言いたかったことをぶちまけていた。

 気が付くと、彼は私を落ち着かせようと優しく肩に手を置いていた。


「なんで……伊敷君は他人には、こんなに優しいのに……自分の事には厳しいの……」


「確かに、今日の俺は少し俺らしくなかったよ……でも、やっぱり好きでもない男に告白されるのって、女子は嫌なのかなって……」


「じゃあ、私に告白してよ!! 私なら………!?」


 私は勢いに任せて、とんでもないことを言ってしまったことに、言い終えた後で気が付いた。

 伊敷君も流石に、これだけストレートに言われてしまっては、気が付いてしまう。


「え、えっと……あの、それって……どういう?」


「え、いや……あの……そ、それは……ご、ごめんなさーい!!!」


「あ! 部長!!」


 私は顔を真っ赤にしながら、走って家庭科室を飛び出した。

 言ってしまった。

 ついに言ってしまった。

 誠実君の様子を見ても、きっと気が付いていたのだろう、少し顔が赤かった。

 私はなんの目的もなく、ただ走り続け気が付くと屋上にいた。


「や、やっちゃった~」


 今から告白すると言っている相手に、告白みたいな事をしてしまった。

 最後の告白で緊張しているであろう彼に、さらに悩みの種を与えてしまった。


「あ~、なんであんなことを~」


 顔を真っ赤にしながら、私は自分の頭を押さえて唸る。

 明日からどう彼に接すれば良い?

 彼とどうやって話せば良い?

 顔も合わせづらくなってしまった。


「お困りのようね?」


「だ、だれ!!」


 悩んで居る私に声をかけてくる人がいた。

 振り返って見てみると、そこには……。


「あ、貴方達……な、なんでここに……」


「だって、料理部だから~」


「部室である家庭科室に行くのは当然。そこから飛び出した部長を追って、屋上に来るのも……」


 そこにいたのは、伊敷君を探しに行ったはずの、料理部のメンバーだった。

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