85話

 誠実達が通っている西星高校は、この辺では生徒数が多いのと敷地面積の広さで少し有名だった。

 そんな学校の広さに比例して、各教室施設なども大きい。

 図書室なんかは、普通の高校の体育館くらいの広さがあり、二階建ての建物になっており、二階の学習スペースでは、机と椅子が置かれ、生徒が自由に自主学習出来るようになっている。


「久しぶりに来たが、やっぱりデッカいな~」


「入学した頃の学校案内でも思ったが、こんな大きな図書室が必要なのか?」


「まぁ、昔からあるものだからな、昔は生徒の数が今より多かったらしいし、そのせいだろ」


 誠実達は沙耶香との約束通り、図書室二階の学習スペースに向かう。

 テスト前と言うことで人の数も多く、席が空いているか心配になる誠実だったが、それよりも心配なことがあった。


「………なぁ、健」


「どうかしたか?」


「俺ら……見られてね?」


「………あぁ、俺も思ってた」


 誠実達が図書室に入った瞬間から、誠実達は視線を感じていた。

 図書室にいる生徒が、ちらちらと誠実達を見ている。

 受付にいた眼鏡の女性となんかは、職員室で見た小野山先生のように息を荒げて誠実達を見ていた。


「俺……なんか怖いんだが……」


「あの噂のせいか……さすがはうちの学校だ、情報の伝達が異常に早い……」


「まさか、一日で生徒の噂の対象が塗り替えられるとはな……これも新聞部の力なのか?」


 小声で話しながら、誠実達は二階の学習スペースに向かっていく。

 二階も人はいたが、そこまでではなかった。

 席も空いている様子で、とりあえず一安心する誠実達。

 沙耶香の姿を探して周りを見ると、すぐに沙耶香は見つかった。

 沙耶香も誠実に姿を発見し、すぐに寄ってきた。


「誠実君達やっときたね。みんな待ってるよ!」


「あぁ、ごめん沙耶香。それでメンツはどんな……」


「「私たちよ!」」


 沙耶香に勉強会のメンツを尋ねようとしたところ、沙耶香の背後から料理部面々が眼鏡を着用して登場する。


「やっぱりか……」


「大丈夫なのか?」


 不安そうに尋ねる健と武司。

 しかし、そんな二人の不安を打ち消すかのごとく、料理部の一人で沙耶香の一番の友人である、志保は前回のテストの答案を誠実達三人に見せつける。


「私はこれでも学年20位に入るのよ! どう? 文句でもあるのかしら?」


 どや顔でそんなことを言われ、武司が変な対抗意識を燃やし始めてしまい、志保に言い返す。


「ふん! 20位? 笑わせるな! こっちには、前回学年順位1位がいるんだぞ!」


「確かにそうね、でも今回はどうかしら? 今の学力では、赤点は必死ではなくて?」


「くっ……まさか、お前は誠実の弱点を!」


「えぇ、知っているわ。そして私たちにはその弱点を突く秘策もある!」


 志保をそう言って、沙耶香の背後に回り、沙耶香の腕を反らせ胸を前に突き出させる。


「え! ちょっと何? 志保何?!」


「最近この子……Fカップになったの………」


「「な、なんだってぇぇぇぇぇぇ!!」」


「な、なんで言うのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「いや、だから何なんだよ……勉強しようぜ……」


 声を上げて驚く健と武司。

 涙目で顔を真っ赤にし、叫ぶ沙耶香。

 そしてなぜか悲しげな目をする志保。

 誠実は一体どうしてこんな話をしているのかと問いたくなる位に、状況がつかめていなかった。


「っく……俺たちの負けだ……約束通り誠実は前橋にやろう」


「おい、勝手に人の運命きめてんじゃねー」


「え、くれるの? じゃあ遠慮なく!」


「沙耶香さん?! 遠慮してくれません! あなたまでボケたら、突っ込み俺しかいなくなるじゃん!」


 などというおふざけをしていると、図書委員の上級生から注意されてしまい。

 誠実達は、おとなしく長テーブルに向かい合って座り、勉強を開始した。


「じゃあ、改めて勉強しましょうか」


 そう切り出したのは、料理部の副部長で先ほどの茶番の首謀者でもある志保だった。

 志保以外の沙耶香の呼んだ人物は、こちらも料理部の平部員で島崎鈴(しまざき すず)だった。

 誠実達と同じ学年であり、黒髪のサイドテールの子で、すごく乗りの良い子なのを誠実は覚えていた。


「いやぁ~まさか校内一のイケメンに勉強教える日が来るなんて、ありがたいことですなぁ~」


 健の前に座った鈴は、健を見ながらそんなことを言う。

 言われた健は相変わらずの無表情で「よろしく頼む」と短く応える。

 しかし、その表情はどことなくキリッとしていた。


「でもよぉ~、あと数日でほんとに大丈夫か? 俺はそれが心配だぜ……」


「武田君何を言ってるのよ! この私が教えるのよ、赤点なんてとらせないわ!」


「なんで、古賀がやる気出してんだよ……」


 武司の前には、志保が座った。

 二人は面識があり、話も合うようなのでこの席にした。

 一緒になって悪巧みをしないか、誠実は若干心配だったが、テストが間近に迫っているので、その心配はないだろうと思っていた。


「じゃあ、沙耶香頼む!」


「うん! 任せて、誠実君の成績をそこまで落ちない用にするから!」


 誠実には当たり前だが、沙耶香がついた。

 席も向かい合っている為、過剰なスキンシップを心配することは無いし、何より沙耶香は頭が良い。

 沙耶香のことをいろいろ考えなくてはいけないのかもしれないが、今は勉強に集中させてもらおうと思う誠実。


「じゃあ、始めようか」


「あぁ、お願いするよ」


 そうして勉強会は幕を開けた。





 誠実達が勉強にいそしんでいるその頃、山瀬綺凜は精神的にまいっていた。

 とても学校に行ける状態ではなく、本日は学校を休み家で寝ていた綺凜。


「………」


 部屋でベッドにくるまり、今までのことを思い出すと、自分がどんどん嫌いになっていった。


「……私は……もう……誰のことを……」


 工場で見た真実。

 その後、駿本人から今までの話を聞き、綺凜の心は大きく傷ついた。


『俺は君をずっと騙した。好きでも何でも無い』


 あの後、家に来た駿にそう言われ、綺凜の心は深く傷ついた。

 しかし、一番綺凜が心を痛めた理由は他にあった。


「……伊敷君………ごめんなさい………」

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