145話



「あれ? 美奈穂の奴どこに行ったんだ……」


 彼氏役を演じ終え、誠実と恵理は店を後にした。

 二人は美奈穂と合流しようと向かいのドーナツ屋に向かったのだが、先ほどまで美奈穂がいた席に美奈穂は居なかった。


「あいつ、トイレか?」


「暇で、他のお店でも見てるんじゃ無いかな?」


「そんな、恵理さんじゃないんですから」


「それはどう言う意味かな? 彼氏君」


「調子に乗りました、すんません」


 ちょっと調子に乗って言い過ぎたと思い、誠実は恵理に謝罪する。


「とりあえず電話してみます」


 誠実は自分のスマホをポケットから取り出し、美奈穂に電話を掛ける。

 何度かのコールの後に、美奈穂は電話に出た。


「あ、お前どこに居るんだよ? こっちは終わったぞ?」


『あ、えっと……ちょっと他の買い物思い出して……悪いけど先に帰ってて…なるべく別々に!』


「ん? そうなのか? てかなんで別々なんだ?」


『気にしなくて良いから、じゃあ私は買い物するから! 良い! 絶対に別々に帰るのよ!』


「あ、おい! ……切れちまった」


 通話の終了したスマホを見ながら、誠実は呟く。

 隣で見ていた恵理は、不思議そうな顔で誠実を見つめながら、首をかしげて尋ねる。


「美奈穂ちゃんなんて?」


「いや、買い物を思い出したから、買ってから帰るらしいです。それとなぜか別々に帰れと

……」


 話しを聞いた恵理は、ニヤリと口元を歪ませて、美奈穂の考えを察した。


(美奈穂ちゃんの事だから、私と誠実君をいつまでも二人っきりにしたくないのね……)


 恵理はなるほどと、自身の予想に納得する。

 そうと決まれば、一刻も早く誠実から離れようと考える恵理だったが、それではつまらないと考えを改める。


「うーん、私はそれでも良いけど、まだあの男が近くで私たちを見張ってたら、すぐに分かれるのまずいんじゃない?」


「確かに……言われてみればそうですね」


「じゃ、そう言う訳で、少し私たちも買い物していこうか」


「え……あ、ちょっと!」


 恵理はそう言って、誠実の手を引き、買い物を始める。


(半分くらいは本当の事だし……別に良いわよね? 美奈穂ちゃん)


 誠実と恵理は、ショッピングモールをブラブラと歩きながら、目にとまった店に入って商品を見るのを繰り返していた。

 

「あ、ごめんね、ちょっと失礼」


「え? どこ行くんですか?」


「もう、レディーに対してデリカシーが無いぞ! お手洗いだよ」


「あ、はいっす…」


 軽く恵理に怒られてしまった誠実。

 とりあえず、スマホを弄りながら恵理を待つことにした。


「しかし、急にどうしたんだ? 美奈穂の奴……」


 誠実は美奈穂に、自分も買い物をして帰るから、時間が合えば合流しようという内容のメッセージを送る。


「これでいいか……ん、健からメッセージ?」


 美奈穂にメッセージを送り終えた後、健からメッセージが届き、誠実はそれを確認する。

 健のメッセージにはこう書かれていた。


『今回のアルバムの特典が神、一人一個までしか予約出来ないから、協力求む』


「あぁ……いつものあれか」


 メッセージを確認し、誠実はため息を吐く。

 健は、好きなアイドルのグッズ販売などで、購入に個数制限がある場合、誠実と健に頼み、購入を手伝ってもらっていた。

 今回もその頼みで、誠実はいつものことかと「了解」とメッセージを返そうとする。

 すると、急に目の前が真っ暗になった。


「だ~れだ?」


「なにしてんすか、恵理さん?」


「正解! ご褒美にお姉さんにご飯をごちそする権利をあげよ~」


「いりませんよ。全然ご褒美じゃないじゃないですか……」


 呆れた様子で恵理にそう言い、誠実はスマホをポケットにしまう。


「あそこの雑貨屋さん行ってみない? 面白そうな物が色々あったよ!」


「またですか……まぁ、いいですけど」


「なんだよぉ~、お姉さんが聞き分けのない子供みたいだとでも言いたいのかい?」


「そんな成長した人を子供とは言いませんよ……」


「きゃっ! 誠実君が私の胸を見ながらそんな事を言うなんて……エッチ!」


「胸の事だなんて誰も言ってないでしょうが!」


 こんな調子で話しをしながら、誠実と恵理は雑貨屋に入って行く。


「誠実君は……これだね!」


「なんで猫耳なんすか……」


 恵理は誠実の頭に、猫耳カチューシャを付けて満足そうに言う。

 誠実は猫耳を付けたまま、満足そうな恵理を見て、肩を落とす。


「これはどっちかって言うと、恵理さんの方が似合うんじゃないですか?」


「え? あ、こら!」


 誠実はそう言うと、恵理の頭に自分が付けていたのと同じ猫耳のカチューシャを恵理に付ける。


「うーむ……普通に可愛くてイラッとしますね」


「それは褒めてるの?」


 最後の一言が気になる恵理だったが、それでもストレートに可愛いと言われた事が嬉しく、わずかに頬を赤く染める。


「お客様、良くお似合いですよ~」


「げ! 貴方は……」


 誠実と恵理が猫耳で遊んでいると、店員さんが近づいてきた。

 しかも、その店員さんに誠実は見覚えどころか、苦い思い出まであった。


「あら~あらあら、お客様よくお会い致しますね~」


「俺は会いたくないですよ……てか、あんたアパレル店員じゃないのかよ……なんで雑貨屋に……」


「ここは私の姉の店なんですよ、だからたまに手伝いに来てるんです」


「は~い、姉で~す」


「増えた……」


 誠実は知った顔の店員の登場に、嫌な予感しかしなかった。

 しかも、店員の姉まで登場し、誠実は絶望していた。

 誠実が、肩を落として深いため息を吐いていると、不思議そうに恵理は誠実と店員さんを見ていた。


「それにしても……お兄さんも罪な人ですねぇ~一体何人彼女がいるんですか?」


「え、舞(まい)じゃあ、このお客様が前に言っていた?」


「愛(あい)姉さんそうよ、毎回可愛い子ばっかり連れてくる、謎のパッとしない普通の男の子」


「えぇ! 本物? 確かにパッとしないけど……」


「どうでも良いけど、あんたら失礼だな…」


 さんざん色々言われ、誠実は店員二人に怒りを覚える。


「あ、つい……すいません、これも何かの縁ですから、これ私の名刺です」


「あ、じゃあ、私も」


 誠実は店員の姉と妹の二人から名刺をもらう。

 どうやら、姉の方が愛(あい)、妹の方が舞(まい)というらしい。


「あの……どうでも良いんですけど……なんで名刺の色がピンクなんですか?」


「え? 可愛いじゃないですか? それと、その色はショッキングピンクです」


「どっちも同じですよ……キャバ嬢の名刺かと思いましたよ……」


 誠実は名刺をポケットにしまい、放置していた恵理の方を向く。

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