216話

「こんなところで奇遇ですね」


「そ、そうですね……」


 誠実は自然と栞から目を反らしてしまう。 理由は簡単で何を話して良いか分からないのだ。

 この前の花火大会で、誠実は栞に告白され、その告白を断った。

 しかし、栞は諦めないとそう言った。

 好意を持ってくれている相手と話すのは中々に緊張してしまう誠実であった。


「お、俺はちょっと妹を探してて……すいません先を急ぎますんで!」


「あ、待って下さい」


「すいません先輩! 事は一刻を争うので!!」


「それなら尚更です、私も協力いたします」


「え?」


 栞の言葉に誠実は足を止めて栞の方を見た。

「義雄さん」


「はい、お嬢様」


「直ぐに美奈穂さんを探していただけますか?」


「はい、かしこまりました………っち」


 探すのを手伝ってくれるのはありがたいと思う誠実。しかし、なんでこの執事さんは毎回舌打ちしてくるんだろうと内心でそう誠実は思っていた。

 

「先輩ありがとうございます……」


「困った時はお互い様です、それに……未来の妹の為ですから」


「え……」


 栞はそう言って誠実にウインクをしてきた。 そんな栞の可愛らしい仕草にドキッとしながら、誠実は栞に尋ねる。


「あ、あの……俺は貴方を振ったのに……なんでこんなに……普通に接してくれるんですか?」


「誠実君……私は言ったはずですよ、貴方を諦める気は無いと……」


「で、でも……俺は」


「誠実君、早く美奈穂ちゃんを探しましょう、理由は分かりませんが、一刻を争うんでしょ?」


 栞はそう言って強引に会話を終了させた。 恐らく栞はあまり気にしないで欲しいと言う意味で言ったのかもしれない。

 しかし、振った相手にこんなに親切にしてもらうのは、なんだか気が引けると思う誠実。

「見つけたら連絡致します」


「お願いします」


 そう言って栞は車に乗って言ってしまった。 これで捜索の範囲は広がった、恐らく美奈穂が見つかるのも時間の問題だろう……。

 そう考える誠実だったが、誠実の中の不安はまったく消えない。


「美奈穂……」


 誠実はふと美奈穂の事を考える。

 中学三年生の美奈穂にとって、あの事実は衝撃だっただろう。

 誠実も初めて親父からそう聞いた時は驚いた。 

 驚きはしたが、美奈穂が本当の妹では無いと教えられた時、誠実はなんとなくそんな気がしてしまっていた。

 昔から美奈穂は可愛いと評判だったし、本当に自分と血が繋がっているのかと疑う事が誠実は多かった。

 だからだろうか、昔から美奈穂を妹としてよりも女の子として見てしまうことが誠実は度々あった。


『おにぃちゃ~ん』


 昔から、美奈穂はそう言って誠実の後を付いてきていた。

 あの頃は可愛かったなぁ……。

 なんて事を思いながら、誠実はあの泣きそうな表情の美奈穂を思い出す。


「……なんて言えば良いんだろうな」


 見つけたとして、自分は美奈穂になんと言ってやれば良いのだろうか?

 美奈穂が真実を知ってしまった限り、今まで通りとはいかないのかもしれない。

 大事な妹に兄はこんな時、なんて言ってやれば良いのだろうか、誰か教えて欲しい。

 そう思う誠実であった。




 誠実が栞と会っているころ、美奈穂は一人公園のベンチに座っていた。

 仕事から帰って聞いてしまった衝撃の事実に驚き、思わず家を飛び出してしまった美奈穂。


「……はぁ……」


 口からはため息しか出なかった。

 今まで家族だと思っていた人たちが、まさか他人だったなんてと思ったら、美奈穂は急に孤独感を感じるようになっていた。


「私って……一体誰なんだろう……」


 そんな事を考えながら、美奈穂はふと公園の外の歩道に視線を移す。

 そこには恐らく姉妹であろうと思われる、小さい男の子と女の子が居た。


「おにいちゃんまって~」


 女の子はお兄ちゃんの後ろを追って走っていた。

 お兄ちゃんはそんな妹の様子を確認しながら、どこかに急いでいた。

 そんな風景を見て、美奈穂も昔を思い出していた。


「……お兄ちゃん……か」


 誠実が本当の兄では無い事を知り、美奈穂は複雑な心境だった。

 本当は喜ぶべきなのかもしれない。

 これで美奈穂は合法的に誠実と結ばれる事が出来る。

 しかし、本当の兄妹では無い事を知り、今までの誠実との関係が嘘だったような気がして、美奈穂は分からなくなっていた。

 兄としての誠実が美奈穂にとっては恋愛対処だったのか、それとも男としての誠実が美奈穂にとっての恋愛対象だったのか……。

 心の整理のついていない美奈穂にとって、今は分からなかった。


「……おにぃ……」


 ベンチでうずくまりながら、美奈穂は目に涙を浮かべていた。

 何も考えられなくなり、美奈穂はただその場で一人泣いていた。





「なぁ……」


「何? 美奈穂見つかったの!?」


「いや……もっと早くに言うべきだったのかと思ってな……」


 誠実の父、忠志は妻である叶に尋ねる。

 美奈穂を探して外に出てきた二人。

 今は商店街を探して歩き回っていた。


「今はそんな事より美奈穂でしょ!」


「……あぁ……そうだよな」


 忠志は悩んでいた。

 もっと早くにこの事実を伝えるべきではなかったのかと……。

 そうすればこんな事にはならなかったのでは無いかと……。


「お父さん! 次はあっち行くわよ!」


「あぁ……」


「いつまでしょんぼりしてるのよ!」


「ぐえっ!! か、叶さん……蹴るのはやめて……」


「考えるのは後にしなさい!! 今は美奈穂よ!! あの子は……あの子は私達に大事な娘で……あの二人が命がけで残していった命でしょ!!」


 叶にそう言われ、忠志は気がついた。

 叶の言うとおりだ、考えるのなんて後でいくらでも出来る。

 今は大事な娘を見つけなくては行けない。

 今の美奈穂の精神状態は不安定で、何をするか分からない。

 忠志は再び立ち上がり、必死になって美奈穂を探す。

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