225話

「気にしないで下さい」


「いや、気になるよ……てか、そろそろ席に戻って大丈夫だよ?」


「大丈夫です! もっと働かせて下さい!」


「いきなりそんな手のひら返しをされても……」


 誠実は厨房の影からこっそりと綺凜や美沙達の様子をうかがう。

 あの席に今戻るのはなかなかに勇気のいる事だ。


「はぁ……なんでこんな目に」


「じゃあ、誠実君サンドイッチお願い」


「そんな大きな声を出さないで! 気づかれるでしょ!!」


「誰に?」


 誠実は厨房に篭もって作業を始めた。

 ちょくちょく席の様子をうかがい、いつになったら戻ろうかと考えていた。

 すると、またしても新しいお客さんがやってきた。


「いらっしゃいませー、空いてるお席にどうぞ~」


 店長の声を聞き誠実は視線を入り口の方に向ける。

 するとそこには、誠実の妹である美奈穂が居た。


「美奈穂!? なんでこんな店に!」


「おい、今こんな店っていったか?」


 やばい、誠実は直感的にそう思った。

 あの中に美奈穂が加われば、更に面倒な事になる上に、誠実にモテ期が来ていると言う事実が両親にまで知られてしまう恐れがある。

「あれ? 美奈穂ちゃん?」


 案の定、美奈穂は沙耶香に発見されてしまった。

 

「あ、どうも」


「偶然ね、お茶でも呑みにきたの?」


「いえ、私は勉強しに」


 美奈穂は沙耶香にそう言い、沙耶香の座る席の面々を見る。

 

「栞さん……この前はどうも」


「えぇ、花火大会の時は誠実君を貸してくれてありがとう」


「別に………良いです」


 栞の言葉にムスッとする美奈穂。

 誠実はカオスと貸したテーブルに戻る事が出来ず、厨房で一人頭をなやませていた。


「皆さんはどうしたんですか?」


「私たちはただブラブラしてただだよ、誠実君と一緒に」


「え? 兄とですか?」


 美沙の言葉に美奈穂はピクリと眉を動かす。 

「で、その兄は?」


「そう言えば厨房に行ったまま戻ってこないね」


 綺凜のその言葉に誠実は思わず冷や汗を掻く。

 ヤバイ、今あの場所に戻ったら絶対に面倒な事になりかねない!

 誠実はそう思い、急いで男子トイレに逃げ込んだ。


「店長、伊敷君は?」


「あぁ、さっきトイレに行ったみたいだよ」


 綺凜に尋ねられた店長がそう答える。

 美奈穂は綺凜や美沙達の座っている席の隣に座り、勉強を始めた。


「わからない事があったら教えますよ」


「それはありがとうございます」


 栞の言葉に美奈穂はお礼を言いつつ、飲み物を注文し、参考書を開く。


「でも、こう言っちゃあれだけど……美奈穂ちゃんてやっぱり可愛いよねぇ~」


「それはどうも、美沙さんも綺麗だと思いますよ?」


「え? そう? へへへ~ありがとう~」


「それはそうと、皆さんまだ兄を狙ってるんですか?」


「も、もちろんだよ!」


「まぁ、そうだね」


「えぇ、そうですよ」


「………そうですか、うちの兄のどこが良いのか……」


「それを美奈穂ちゃんが言う?」


「はい、私は四六時中一緒にいますから」


 美奈穂は三人に向かって四六時中と言う単語を強調してそう言った。

 そんな美奈穂に栞は笑顔のまま静かに言葉を返す。


「美奈穂ちゃんも、そろそろお兄ちゃん離れしなきゃいけないんじゃない?」


「それは家庭によるんじゃないですか?」


 栞の言葉に美奈穂も負けずに言葉を返す。

 丁度そのときだった、誠実は店内が静かになったのを見計らってトイレから出てきた。


(トイレからじゃあ良く聞こえなかったけど、あいつら大丈夫か?)


 喧嘩とかしてないだろうか?

 そんな事を考えながら、誠実は静かに厨房に戻ろうとする。

 しかし……。


「おにぃ!」


「は、はい!!」


 美奈穂に呼ばれ、誠実は思わず返事をしてしまった。

 しまった、そう誠実が思った時には遅かった。

 美奈穂は誠実の方を向いて、こっちに来いと手招きしていた。

 誠実は仕方なく、美奈穂が座る席の正面に座った。


「ぐ、偶然だな……美奈穂」


「おにぃも楽しそうで何よりよ」


「そ、それで何か俺に用でもあるのか?」


「別にただ今日はバイトで来てるわけじゃないのに、なんで厨房に行こうとしたのかなって」


(こいつ……)


 美奈穂は気がついていた、誠実が席に戻りたくない理由に。

 だからあえて誠実にそう尋ねたのだ。


「こんな綺麗な人たちと一緒で緊張でもした?」


「お、おまぇ~」


 美奈穂は少しヤキモチを焼いていた。

 出かける時はいつも通り武司と出かけたはずなのに、外で会って見るとこれだ。

 完全に誠実のハーレムが出来ていた。


「あ、あのなぁ、言っておくけど山瀬さんや沙耶香と会ったのは偶然で……」


「別に聞いてないけど? あとお母さんからメッセージ来てたよ、帰りにアイス買ってきてって私の分もお願い」


「お前は自分で買って帰れよ!」


 この間はあんなに良い感じに終わったのに、少しすると直ぐにいつも通りだ。

 

(まぁ、気を遣わなくて良いから良いけど)


 誠実と美奈穂をそんな話しをしていると、隣の席の女性陣がそんな二人をジト目で見つめる。


「なんか二人って、兄妹なのに凄く仲が良いよね」


「そうか?」


「うん、なんか距離が近くない?」


「いや、普通だろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る