226話

 隠しているわけではないが、誠実は美奈穂が実の妹では無いという事実をあまり広めたくはなかった。

 美奈穂が嫌がるかもというのも理由の一つだが、一番はその事実によって知り合いや友人に気を使わせてしまうのが嫌だったからだ。

 だから誠実は自分の口からこの事実を言う気はなかった。

 きっと仲良く見えるのは、本当の事を知って美奈穂も少し誠実に心を開いているからなのかもしれない。


「誠実君……」


「ん? どうした沙耶香?」


「誠実君って……もしかして……シスコン?」


「はぁ!?」


「そうですよ」


「いや、待て美奈穂!!」


「うわぁ……マジか……」


「美沙! その冷たい視線をやめろ!」


「誠実君、兄妹は結婚出来ないんですよ」


「先輩! その子供を見るような視線もやめて下さい!!」


「……」


「山瀬さんは少しは何か言って!! 無言は一番キツイよ!!」


 美奈穂の発言により、その場に居た女子全員から冷たい視線を向けられる。

 誠実はその視線が胸に刺さって痛い。

 

「俺はシスコンなんかじゃない!!」


「いや、最近おにぃの私を見る目がエロい気がする」


「んな訳あるか! なんで妹で興奮しなきゃいけねーんだよ」


「……」


「イデデデデデ!! 足を踏むな!!」


 美奈穂は無言で誠実をの足を踏む。

 誰のせいでこんな事になってるんだよと思いながら、誠実は踏まれた足をさする。


「全くお前は……少しは兄を労わってくれ……」


「最近モテて調子に乗ってる兄貴がなんかむかつく」


「別に調子になんて乗ってねーよ!!」


「どうだか? 綺麗な人ばっかりだもんね」


 美奈穂はそう言い、プイっとそっぽを向いてしまった。

 

「そ、そんな綺麗だなんて~私は二人なんかより全然」


 綺麗という言葉がうれしかったのか、沙耶香は頬を赤らめて美奈穂にそういう。

 

「いやいや私だって、沙耶香や先輩に比べたら~」


 そんなことは言うものの美沙も顔を赤くして照れていた。

 唯一いつも通りだったのは栞くらいのものだった。


「うふふ、ありがとね、美奈穂ちゃんも可愛いわよ」


「それはどうも」


 美奈穂は冷たくそう返事をする。

 

「こら、美奈穂! 先輩に向かって!」


「良いんですよ、誠実君」


「で、でも……」


「うふふ、嫌われて当たり前よ、大好きなお兄ちゃんを取ろうとしたんだから」


「大好きなお兄ちゃんではないです」


「あら、そうなの?」


 栞と美奈穂の間で何かバチバチ言っていた。

 誠実はそんな二人を見て、この二人はなぜ仲が良くないのか考えていた。

 栞には世話になっているので、誠実としては美奈穂にも栞とは仲良くしてほしかった。

 美奈穂を探すときも栞には手伝ってもらったので、あまり失礼なことはしたくなかった。


「そういえば先輩知らないんでしたね」


「え? 何がかしら?」


 美奈穂は栞の方を向き、どこか自信あり気に栞に向かって話始める。


「私とおにぃ、血は繋がってないんですよ」


「え……」


「おい! バカ!」


「え? そ、それって……」


「嘘……マジ?」


「ってことは……」


 美奈穂の発言により、その場の女性陣の空気が変わる。

 誠実は直感的になんだか嫌な予感がした。


「まぁ、平たく言えば立場的には皆さんと変わらなくなりました」


「「「「!?」」」」


 美奈穂の言葉を聞き、美奈穂以外のその場の女性陣の空気は一気に重たくなった。

 当事者であるはずの誠実は美奈穂の言っている言葉の意味がよくわからず、この場の空気の変化に一人だけ戸惑う。


「み、美奈穂! お前なんでわざわざそんな事を!!」


「いつかは言わなきゃいけない事でしょ、それなら今でも良いじゃない」


「お、お前は良いのか?」


「別に良いわよ、私は気にしないから」


 なんだか美奈穂の口ぶりは、少し嬉しそうだった。

 そんな美奈穂の言葉に沙耶香と美沙は頭を抱え始める。


「え……って事は美奈穂ちゃんか結婚出来るの……」


「美奈穂ちゃん、やるわね……これは彼女の宣戦布告ね」


「……流石は伊敷君の妹さんね……度胸があるわ」


「え? 何? この空気?」


 美奈穂の言葉により、場の雰囲気は急に悪くなってしまった。

 誠実は美奈穂の話でなんでここまで雰囲気が悪くなったのかわからなかった。


「誠実君……あの……本当なの?」


「え? ま、まぁ……最近まで美奈穂自身も知らなかったことだから隠してたんだ……悪い」


「う、ううん……そ、それは仕方ないよ……うん」


「でも、誠実君は知ってたって事!?」


「ま、まぁ……俺が知ったのは中学の時だけど……」:


「ふーん……まぁでも納得かも……」


「おい美沙、なんで俺と美奈穂の顔を見て言うんだ?」


「あぁ……確かに……」


「山瀬さんもやめて! 悲しくなるからやめて!」




 誠実はため息を吐きながら、喫茶店を後にした。

 あの後、空気が悪くなったこともあり、誠実は適当に理由をつけてその場を抜け出した。

 要するに場の空気の重さに耐えきれず逃げ出したのだ。


「なんであんな空気になったんだ?」


 誠実は先ほどの喫茶店での事を考えながら、家に帰っていた。

 確かに誠実と美奈穂が兄妹では無いとわかり、意外だと思ったのかもしれないが、まさかあんなに空気が重たくなるとは思っていなかった。

 

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