91話


 テストを明日に控えた木曜日、誠実は最後の追い込みに入っていた。

 テスト前で半日で学校が終わり、誠実は図書室二階の学習スペースに向かっていた。

 健はなぜか帰りのホームルームが終わると、一目散に学校から出て行ってしまった。

 そしてその数分後「すまん、今日は帰る」とだけ書かれたメッセージがスマホに送信されてきた。

 何か急ぎの用でもあったのだろうかと、誠実は健の行動に疑問を感じながら「了解」と短く返信した。


「健も武司も一体何があったんだ?」


 最近ようすのおかしい二人の友人の行動に疑問を抱きながら、誠実は図書室の二階に向かって行く。


「あ、誠実君」


「おう……って沙耶香だけか?」


「うん、なんか鈴ちゃん用事があるとかで、ホームルームが終わったら直ぐに帰っちゃって……」


「そ、そうか……」


 なんだかどこかで見たような光景だと感じながら、誠実は健の身の心配をする。


「じゃあ、始めるか」


「そうだね、結局二人になっちゃったね……」


「まぁ……仕方ないだろ……」


 誠実と沙耶香は向かい合った勉強を始める。

 学習スペースには、誠実達以外にも数人の生徒が勉強をしていた。

 クーラーが聞いている上に、静かで落ち着いて勉強の出来る図書室はテスト前には最適だと感じる誠実。

 何でみんなここで勉強しないのだろうかと本気で考えてしまう。


「あ、沙耶香。悪いけどここ教えてくれない?」


「いいよ、ちょっと待ってね……」


 誠実は向かいに座る沙耶香にわからない問題を尋ねる。

 問題を見せ、解き方を教えてもらう誠実だったが、視界には問題よりももっと大問題な物が飛び込んで来てしまった。


「あ、この問題は……ここをこうして……」


「あ、あぁ……」


 沙耶香が誠実に解き方を教える為に、身を乗り出して来た事により、それまで意識する事の無かった二つの大きな膨らみの谷間が視線の近くにあった。

 外が少し暑かったからだろうか、沙耶香は第一ボタンと第二ボタンを外しており、胸の谷間が丸見えだった。

 誠実はそこを意識しないように問題に集中しようとするが、気になって集中出来ない。


「さ、沙耶香……隣に来て教えてくれないか、その体勢はきついだろ?」


「え、あぁそうだね。じゃあ隣行くね」


 目の前にあんな物があっては集中など出来ないと、誠実は沙耶香に隣に座って教えてくれないかと提案する。

 これで少しは集中出来るだろうと、誠実一安心したのだが、この選択が間違いだったと直ぐに気がついた。


「えっと……ここをこうしてね……」


「あ、あぁ……そ、それで?」


 向かいあっていた時よりも距離が近くなり、色々と先ほどよりも気になって集中出来なくなってしまった。

 女子特有の良いにおいや、綺麗な髪。

 しかも、沙耶香は気がついていないのか、教えるのに夢中で、先ほどから少しずつ距離が近くなり、腕に胸が当たっている。

 みんなと勉強をしていた時は、沙耶香もそれなりに気がついてはいた様子だったが、今は違う。


「どう? わかった?」


「へ……あ、あぁわかった! 大丈夫だからもう戻ってくれ! ありがとう!」


 このまま長時間隣に座られるのはまずい気がした誠実。

 呼んでおいて悪いとは思ったが、早く向かいの席に戻るように沙耶香に促す。


「でも、また質問された時に移動するのも面倒だし、ここで勉強しても良い?」


(な、なにぃぃぃぃぃ!!)


 誠実は沙耶香の提案を否定出来なかった。

 理由は簡単で否定する要素が無いのだ。

 確かに距離が近い隣の方が、教える時も教えやすい上に、いちいち移動しなくて良いので楽だ。

 しかし、誠実は沙耶香の隣で集中して勉強する自信が無かった。

 先ほどの事で誠実の意識は完全に沙耶香の胸に集中してしまって居るし、しかもこの美少女が自分に好意を持っていると知っているのが厄介だった。

 色々と想像してしまう。

 しかし、断ることも出来ない誠実は、そのまま沙耶香の提案を了承する。


「あぁ、そうだよな……」


「じゃあ、そうしよっか!」


 教えてもらっている身の上のため、そんな我が儘を言えるはずもない。

 誠実は勉強に集中しようと強く思い、沙耶香の胸を気にしないようにするが、結局だめだった。


「全く集中出来なかった……」


 図書室が閉まる時間になり、誠実と沙耶香は帰りの支度を開始していた。

 結局全く集中出来ず、誠実はほとんど勉強が出来なかった。

 明日のテストに不安しか感じないまま、沙耶香と共に図書室を出る誠実。


「どう? テストいけそうかな?」


「た、たぶん赤点は回避出来そうだ……」


 教えてもらって、ネガティブな事は言えないと、誠実はそんな強がりを言う。

 正直あまり自信は無かった。

 テスト勉強を開始したタイミングがまず遅すぎたのが何より悪いのだが、あれでは集中が出来ない。


「それなら良かった、夏休みに誠実君が補習で遊べないなんて嫌だもん」


「まぁ、俺も補習は嫌だな、高校入って最初の夏休みだし、色々やりたいこともあるし……」


「わ、私とも……?」


「え?」


 一体何の事を言っているのか、誠実は沙耶香の言葉の意図がわからない誠実。

 きっと、自分とも一緒に遊びたいのかと聞いているのだろうと思い、誠実は返答する。


「そうだな、沙耶香とも色々したいことあるしな……」


「い、いろいろ?!」


 なぜか顔を真っ赤にする沙耶香。

 誠実はそんな沙耶香を見て、何を照れているんだろうかと疑問に思う。


「じゃ、じゃあ! 準備はしっかりしておきます!! いつ見られても良いように!」


「……何を?」


 そんな会話をしながら、二人は日が落ち始めた町の中を帰宅する。




 帰宅した誠実を待っていたのは、またしても仁王立ちの美奈穂だった。


「えっと……何で怒ってるんだ? 美奈穂ちゃん?」


「別に……」


 あからさまに不機嫌で、しかも誠実を睨みつける美奈穂に恐怖を感じる誠実。

 しかし、別に何も悪い事をしているわけでは無いので、誠実は兄貴らしく堂々とした態度で美奈穂に言う。


「おまえなぁ……言いたいことがあるならハッキリと……」


「は?」


「ごめんなさい、調子に乗りました」


 美奈穂から感じる怒りのオーラを感じ、誠実は兄の威厳とかそんなの気にしている余裕も無いまま美奈穂に謝る。

 うちの家系の男はやっぱり女性に対して弱いんだなと、誠実は実感した。

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