番外編 伊敷美奈穂の思い

 私、伊敷美奈穂は兄が好きだ。

 異性として、一人の女として、伊敷誠実という男性を好きになった。

 きっかけは今考えると単純だったと思う。

 兄は昔から優しくて、私が泣いているといつも傍に来て笑ってくれた。

 そんな兄を好きだと自覚したのは、小学5年生の頃だ。

 小学校の5年生ともなると、色恋に興味がわいてくる。

 私の周りもそんな感じで、誰が誰の事を好きだとかで盛り上がっていた。

 私は周りよりも容姿が良いと評判らしく、この時期から頻繁に男子からアプローチされるようになった。


「い、伊敷! お、俺お前のことが!」


「ごめん、好きな人居るから」


「早くない!?」


 こんな感じで、放課後に呼び出されては、私はいつも告白を受けていた。

 私が兄を好きだったのは、この時期からだった。

 でも、そのことを誰にも言わなかった。

 兄妹は結婚できない、それを知ったからだった。

 普通は兄弟で恋愛関係にはならない、なってはいけない。

 それを知ったから、私はこの思いを胸にしまい続けていた。


「美奈穂さ~、また告白されたんでしょ?」


「うん、三組の堀君」


「え! あのカッコいいって噂の? なんで断ったの~もったいない」


「私はまだそういうの良いから」


「やっぱり大人だなぁ~美奈穂は……」


 本当はそうじゃない、恋愛にだって興味があるし、実際好きな人もいる。

 でも、それがいけない事だから、私は興味のない風を装っている。

 最近では、兄を思うことが多くなり、話すのも恥ずかしくなり、あまり家でも話をしなくなってしまった。

 友人と別れ、家に着いた私は家のドアを開けて中に入る。


「ただいま」


「あら、お帰り美奈穂。ケーキ食べる? 安かったから買ってきたの」


「うん、食べる。ランドセル置いたら、戻ってくるよ」


「あ、じゃあお兄ちゃん起して来てくれない? どうやら寝てるみたいなのよ」


「わかった」


 私は自分の部屋に戻り、ランドセルを置いた後に、隣の兄の部屋に向かった。

 コンコンと二回ノックをし、中に入る。


「おにぃ?」


 兄はベッドの上で大の字になって寝ていた。

 なんでこんな兄が好きなのだろう、私はそう考えながら兄の元に近づき、兄の顔を見る。


「……アホ面」


 間抜けな表情で、寝息を立てる兄の顔を見ながら、私はつぶやく。

 さて、どう起こしたものだろうか。

 私はとりあえず、声をかけて起こしてみようと思い、兄の耳元で少し大きめの声をで兄を起こす。


「おにぃ、おやつ! さっさと起きる!」


「……うぅ……もう少し……」


 まぁ、これぐらいで起きないのは分かっていた。

 今度は体を揺らしてみよう、そう考えて兄の体に手をかけた瞬間、枕元に写真が置いてあることに気が付いた。

 なんだろう?

 私は写真を手に取り、なんの写真か確かめる。

 そこには、兄と見知らぬ少女がツーショットで写っていた。


「………」


 私はなんだか急にイライラしてきた。

 この女は誰なのだろう、どんな関係なのだろう、そんなことを考えながら、アホ面で寝息を立てる兄の顔を見る。

 そして……。


「えい!」


「はぅ!! な! なんだ! 急におなかにものすごい衝撃が……」


 思いっきり兄のおなかを殴った。

 一気に目を覚ました兄は、おなかを押さえてベッドの上で丸くなっている。


「おにぃ、おやつだって! 早く降りてきてよね!」


「え! 美奈穂? この腹の痛みはお前の仕業か!」


「起きないおにぃが悪い、じゃあ私は先に行くから」


 なんだか胸がモヤモヤした。

 あの子は誰なのだろう、なんでツーショットだったのだろう。

 そんなことを考えながら、私は再び写真を見ながら一階に降りていく。

 そして、冷静になって気が付いた。


「あ……持ってきちゃった」


 兄の部屋からツーショット写真を持って来てしまったことに気が付いた私。

 早く戻さなければ、そう思った私は写真を持って、兄の部屋に戻ろうとする。

 そこで、もう一度写真を見た。

 兄は笑顔でこちらに向かってピースしており、よく見ると隣の女の子は泣いていた。

 場所はしかも教室で、夕焼けが写っていることから、放課後に誰もいなくなった教室で撮られていることがよくわかる。


「……なんか、不思議な写真……」


 兄は満面の笑みなのに、女の子は号泣していて、どんな状況なのかよくわからない。

 写真の裏にも何か書いてあるようで、私は写真を裏返して、なにが書いてあるのかを見る。

 そこにはマジックで一言「ありがとう」と書いてあった。


「……本当に誰よ……この子」


「あぁ、この前転校していった友達だよ」


「っ! お、おにぃ!!」


 階段に座り込んで写真を見ていた私の後ろから、兄が声をかけてきた。

 私は驚き勢いよく兄の方を振り返る。


「無いと思ったら、お前が持ってたのか」


「あ、あとで返そうと思ってたのよ……」


「まぁ、それなら良いけど」


 私は兄に写真を返し、立ち上がる。

 兄は写真を見て寂しそうに笑うと、写真をポケットにしまい、階段を下りていく。


「ほら、おやつ食いに行こうぜ、俺腹減っちまった」


 私は、写真の子が誰なのか気になり、兄に尋ねる。


「おにぃ、その子誰? おにぃが女の子とツーショットなんて珍しいじゃん……」


「だから友達だよ、もう遠くに行っちまったけど……」


 嘘だ。

 私は兄が嘘をついていることに気が付いた。

 少なくとも兄は、友達とは思っていない。

 さみしそうに笑う兄の表情から、兄にとって友達以上の大事なそんざいだった事に気が付いた。

 胸が苦しくなるのと、同時にホッとするような感覚が私の胸にはあった。


「嘘、おにぃその子の事好きだったでしょ」


「………」


 思わず口に出して言うと、兄は何も言わなくなってしまった。

 きっと図星だったのだろう、あまりこういう事を思うのはいけないと思うが、正直私はその子が転校して良かったと思っていた。


「美奈穂……人を好きになるって、難しいな……大人になったら、もっと違うのかな?」


「え……」


「最後の日、何も言えなかったんだ……恥ずかしかったのもあるけど、言っても意味が無いって思ったら、何も言えなかった………告白って、難しいな!」


 そういう兄の瞳には涙が溜まっていた。

 無理やり笑顔を作り、私にそういってきた。

 この時、私は思ってしまった。

 兄はきっと、私をなんとも思っていない、何か恋愛的な感情を持って入れば、こんな表情を兄が他人に見せるわけがない。

 それは妹の私がよく知っている。

 それからだ、私は兄を好きでいるのをやめようと思い始めた。

 兄と極力話をしないようにし、兄への思いを忘れられるように、モデルをやってみたり。

 でも、私は兄への思いを忘れることが出来なかった。

 いつも優しくて、面白くて、本当に大好きだった。

 兄が高校に上がった時だ、また兄に好きな人が出来たらしい。

 近くの高校に、一人の女生徒に何回も告白をしている男子生徒が居る。

 そういう噂が、私の通う中学にも流れてきた。

 私は直ぐに兄だと気が付いた。

 理由は簡単だ、高校に入学してからニヤニヤしていることが増えたし、急に柔道をしてみたり、学年一位の成績をとったり、料理に目覚めたり。

 また私じゃないのか……。

 私は悲しかった、兄にとって私は家族でそれ以上を期待できない、してはいけない。

 気持ちが沈んでいたそんなときだ、私の家に芸能プロダクションのプロデューサーがしつこく勧誘してきた。


「さっさと帰れ! しつこいって言ってんだよ!!」


 兄がその勧誘を怒鳴って追い返してくれた。

 恋心というものは単純だ、困っている時に好きな人から守ってもらっただけで、更にその人を好きになってしまう。

 私はその日の夜、久しぶりに兄と二人きりで食事をし、決意した。

 どんな結果になっても良い、やるだけやってみよう。

 何もやらずに諦める方が後悔する。

 その日から、私は兄の心を掴むために動き出した。

 そして現在……。


「なぁ……美奈穂」


「何? あ、テレビ変えてよ、ドラマみたいの」


「いいけど、そろそろどいてくれない? 結構重た……」


「なんか言った?」


「いえ……何も……」


 私は兄の膝を枕にして、ソファーに寝ころびながらスマホを弄っていた。

 食事を終え、お風呂から上がった時に、兄がリビングのソファーでテレビを見ていたため、私は兄の隣に行き横になったのだ。


「あの……俺そろそろ部屋に戻りたいんだけど……」


「ドラマ終わるまで付き合ってよ、あんたの膝枕が丁度いい位置にあるんだから」


「んなもん他で代用しろよ!」


「まぁまぁ、良いじゃない」


「よくねーよ! お前も年頃なんだから考えろ!!」


「何おにぃ? 風呂上がりの妹に興奮しちゃうの~?」


「あほか! んなわけねーっての…って! いてぇな馬鹿! なんでつねるんだよ!」


「別に、ほら早くチャンネル変えて」


「なんなんだよ……全く」


 私はあきらめない。

 ライバルも多いし、私には大きなハンデもある。

 いつかは兄が誰かに取られてしまうかもしれない、でも私は何もしないで兄を渡すのは嫌なのだ。

 私は普通の妹ではない、兄を本気で好きな妹などいないだろう。

 でも、好きなのだから仕方ないのだ。

 私は今日も兄にアプローチを続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る