第64話

 顔を伏せ、泣きながらわめく忠志に、誠実は呆れたようすでそういう。

 誠実はこの謎すぎる状況に疑問を抱いており、忠志に構っている余裕はなかった。

 なぜか、父親と先輩のお父さんが友人で、居酒屋で二人で飲んでいるところに出くわし、今は両家族が対面する形で向かいあっている。


「お見合いかよ……」


 誠実は小声でそうつぶやき、一体何から話せば良いやらと考える。


「とりあえず、君には謝らないといけないね。約束を取り付けたのはこちらの方なのに、逃げてしまって、申し訳ない……」


「あぁ、そんな頭を下げないでください! 気にしてませんよ、こっちこそうちの親父が連れまわしたようで、申し訳ない……」


 いまだに顔を伏せて泣きわめく親父に代わり、誠実は勤に頭を下げる。

 一体何があったら、こんなミラクルが起きるんだ。

 そんなことを誠実が考えていると、勤が口を開き誠実に言う。


「君のお父さんは、立派な人だね」


「今こんな状態じゃなかったら、素直にうなずいていましたよ」


 誠実は顔を伏せている忠志を横目で見ながら、苦笑いで勤にそう応える。


「今日、私は君のお父さんと一日一緒に居て、色々な事を教えてもらった……君や家族の前でこんなことを言うのは失礼かもしれないが、最高の一日だった……」


 柔らかい表情で何処か楽し気にそういう勤。

 こんな親父と居て何が楽しかったのだろうか?

 誠実は不思議に思った。

 勤の話している時の表情が、本当に生き生きしていたので、真剣にそう思う。


「今日は私もお酒が入ってしまっている。こんな状態では謝罪しても何の意味もない、だからまた今度、改めて我が家に来てはくれないか? その時に改めて謝罪をしたい」


「い、いや……そんなかしこまらなくても……それに俺はそんな大したことは……」


「いや、是非お礼がしたい。思えば、私達親子は君たち親子にそれぞれ助けられている。なにかお礼をしなければ収まらないよ」


 誠実は、自分が栞を助けたことはともかくとして、忠志は一体勤に何をしたんだ?

 ますます疑問に思いながら、小声で脇の忠志に尋ねる。


「おい親父! 一体あの人に何したんだよ」


「一緒にパチンコ行ったり、居酒屋行ったりしただけだ! 俺もなんであそこまで感謝されてるのかわからん……」


「大体親父は何やってたんだよ! 休日に一人で!」


「仕方ないだろ! 母さんが散歩でもして来いって……」


「あぁ、追い出されたのか……」


 誠実と忠志がコソコソと話をしている間、蓬清家の面々は勤に話を聞いて居た。


「旦那様、一体今まで何をしていたんですか? 貴方様がこのような事をするなど……」


「すまない義雄、ちょっと悩みがあってね……でも、解決しそうだ」


「悩み…ですか? 一体何が……」


「家に帰って、話すさ。これ以上この店に迷惑を掛けたくないんだ、今日は失礼しよう……」


 勤はそういうと、立ち上がりその場を後にしようとする。


「忠志、君に会えてよかったよ」


 帰り際、勤は忠志の方を見てそう言う。

 忠志は顔を上げ、勤に笑いながら返答する。


「ちゃんと話せよ!」


 勤は忠志のその言葉を聞くと、栞と由良を交互に見て言う。


「帰ろう、まずは栞と由良に謝らなくてはいけないね」


 優しい表情で言う勤に、由良と栞はなんだか安心した。

 いつもあまり表情を表に出さない勤が、今日はこんなにも楽しそうで、今までにないほど父親らしかった。

 勤たちは店の店主と奥さんに挨拶をし、店を後にする。

 栞は帰り際、誠実に「後で電話してもよろしいですか?」と尋ね、了承をもらい父と母の元に帰って行った。


「なぁ、誠実」


「なんだ、親父?」


「お前って、あの栞ちゃんって子の事好きなのか?」


「はぁ? 何わけわかんねーこと言ってんだよ。俺と先輩じゃ月とすっぽんだっての、親父の息子だぞ?」


 誠実と忠志も勤たちの後に続いて居酒屋を後にし、今は親子で帰路についていた。

 並んで歩きながら、忠志はふと勤の言葉を思い出し、誠実に尋ねる。


「そうか、お前が栞ちゃんを助けたのか……」


「なんで知ってんだよ……って、あれか先輩のお父さんから聞いたのか」


「まぁな……お前も立派な男になったもんだ」


「い、いきなりなんだよ……気持ち悪い」


 突然忠志から褒められ、誠実は困惑する。


「誠実……」


「な、なんだよ?」


「家族って良いな」


「だからどうしたんだよ!! 今日の親父おかしいぞ!」


 いつもなら絶対に言わないセリフを言う父親に、息子は困惑しながら尋ねる。

 忠志は勤を探しに来た由良と栞を見たときに、そう感じた。

 本当に心配していた様子で、不安そうな表情で、勤を見ていた二人。

 その二人を見たときに、忠志は思った。

 勤も愛されていると。


「誠実、付き合うんなら顔だけじゃなくて、性格も重視しろ。本当に自分を愛してくれる人と一緒にならないと、あとで泣くことになる……」


「だから急になんだよ! そんなわかって……」


 誠実は分かっていると言おうとしたが、途中で言葉がでなくなってしまった。

 自分の好きな相手は、果たして性格が良いのだろうか?

 自分の愛した人は、自分を見ては居ない、他の男を見て笑顔を向け、自分の心は踏みにじった。


「……わかってるよ」


 小声でしか言えなかった。

 自分は女性を見る目が無いのかもしれない。

 誠実は、忠志から言われて気が付いた。

 そんな誠実の心情を察してか、忠志は言う。


「まぁ、でも好きになっちまったら、仕方ないよな。俺もそうだった……」


「え……」


「俺と母さんは、最初はなんていうか犬猿の仲でな……喧嘩ばっかりしてた」


「それは今もなんじゃ……」


「性格なんて最悪だと思ってた、わがままだし、自己中だし………でも、あいつはそんな悪いところをかき消すくらい、良い奴だった……だから、惚れちまったんだ」


「ふーん……」


 なんで両親の馴れ初めを聞かなきゃならないんだ?

 誠実はそう思いながらも、忠志の話に耳を傾けていた。


「今でも喧嘩するし、冷たくされるけど、一度好きになっちまった以上、俺は母さんをずっと好きだろうな、例え離婚しても……」


「本当に大丈夫か? 今日の親父変だぞ?」


「うっせ! 色々あったんだよ……」


 勤の相談を聞いている間、忠志も自分の家族について考えていた。

 最近、夫婦仲は良好と言えるだろうか?

 息子たちとはコミュニケーションが取れているだろうか?

 そう考えるうちに、自分も家族と話をしようと、忠志は思っていた。

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