第56話

 車が停車したのがわからないほど、車の中に揺れは無かった。

 先ほどまで流れていた、外の景色が止まり、誠実は栞の自宅についたことに気が付いた。


「つきました。どうぞお気をつけて御降り下さい」


「は、はぁ……」


 誠実は義雄に言われるがまま、車から降り外に出る。

 すると誠実の目の前には、大きなお屋敷があった。

 まさに、テレビなんかで見る金持ちが住んでいるような感じの御屋敷で、誠実はそのまま数秒間フリーズしてしまった。


「どうかなさいましたか?」


「い、いやぁ~、デカいな~って思って……」


「そうですか? 普通だと思いますけど?」


「あ、そうですか……」


 誠実は栞の家の金持ち加減を実感し始め、さらに緊張してきた。

 考えれば考えるほど、不安になって来る。


(やっべー! なんだこの家! まるで城だよ!! 手土産にケーキ買ってきたけど、この量で足りるの? 絶対この後、使用人がめちゃくちゃ出てきてお出迎え、みたいな流れになんだろ! なんか予想できるもん、なんだったら玄関のドアから、誰かこっちを覗いてるもん!!)


 玄関のドアは少しだけ隙間が出来るくらいに開いており、誰かが誠実達が到着したのを確認している様子だった。

 誠実は背中に変な汗をかき始め、緊張がピークに達していた。


「伊敷君? どうかしましたか?」


「い、いえ……これだけ広いと部屋の掃除とか大変だろうなぁ~って思って」


「そうでもありませんよ? 大きいだけで、ほとんどの部屋はあまり使われていないんです。こんなところで立ち話もなんですから、中に入って話しましょう」


「は、はい!」


 誠実はいよいよ中に入る時が来てしまったと思いながら、栞の後ろに続いて屋敷の中に入る。

 栞と誠実の後ろに義雄が続く形になった。

 屋敷の中に入ると、そこは大きなエントランスのようだった。

 中央には大きな階段があり、誠実の思った通り、エントランスの右側にメイド、左側に執事、とい言った感じに合計して30人ほどの使用人が、頭を下げて出迎えた。


「「「おかえりなさいませ、栞お嬢様」」」


「はい、ただいま帰りました」


「えぇ………」


 誠実は栞の家の出迎えに圧倒され、言葉を失う。

 とんでもなく場違いな場所に来てしまった。

 誠実はそんなことを考えながら、誠実は緊張した面持ちで栞の後をついていく。

 両脇のメイドと執事がコソコソ何か話している様子だった。

 いつもなら、そんなに気にならないのに、こんな状況だからだろうか、誠実はその話の内容が気になった。


「あの子がお嬢様の?」


「なんか普通ね」


「そこが良かったんじゃない? お嬢様もようやく……う……涙が……」


「何泣いてるのよ、聞こえるわよ!」


「しかし、本当に普通だな」


 (普通で悪かったな!)


 使用人のコソコソ話を聞きながらそんなことを思う誠実。

 誠実にとって、もの凄くアウェイな状況に段々緊張が疲労になって来た。

 中央の大きな階段を上がり、誠実と栞、そして義雄は大きな扉の前で立ち止まる。


「ここでお父様とお母様がお待ちしているはずです。まずは2人に……」


「どういう事なの!!」


 部屋の中から、女性の大きな声が聞こえてきた。

 急な大声に誠実は持ちろん、栞と義雄も驚く。

 慌てて義雄が扉を開け、中に入っていく。


「奥様! どうかいたしましたか?」


「義雄……ごめんなさい、驚かせたわね。実は主人が……」


 誠実と栞も義雄の後に続き、部屋の中に入っていく。

 中は大きな部屋で、長いテーブルが中央に置かれ、そのテーブルを取り囲むように椅子が何個も並んでいる。

 奥様と呼ばれた女性はおそらく栞の母だろうと想像する誠実。

 高校生の娘がいるとは思えないほど、美人でスタイルの良い女性が部屋の中におり、使用人とは服装が違っていたので、直ぐにそれが栞の母だとわかった。


「ご主人様がどうかなさったんですか?」


「そういえば、お父様が居ませんね……お母さま、一体何が?」


「私も今さっきこの子から聞いたの、どうやらどこかに一人で外出してしまったらしくて……」


「な! なんですと!!」


「お父様が!!」


 聞いているだけの誠実にも、大体の状況は理解できた。

 今日は誠実が来るからと、栞の両親は仕事に都合をつけて、待っていたのだろう。

 しかし、いざとなってみたら、父親の方がどこかに一人で行ってしまった。

 しかも誰にも何も言わずに行ってしまったため、皆心配しているのだろう。


「あら、栞、そちらの方が?」


「あ、そうです。お話していた、伊敷誠実君です」


(あ、このタイミングで紹介されるんだ……)


 いきなりの自己紹介タイムに、誠実は戸惑うが取り合えず名前を名乗っておこうと、名前だけを栞の母に告げる。


「初めまして、い、伊敷誠実と申します!」


「この度は急な招待で申し訳ありません。私は栞の母で蓬清由良(ほうせいゆら)と申します」


 誠実の由良に対する最初の印象は、優しそうな印象だった。

 柔らかい笑顔で話かけ、立ち振る舞いや言葉遣いなどから、育ちの良さが見受けられる。

 黒髪を後ろで束ねて折り、簡単に言ってしまえば、栞を成長させてような感じだった。


「ごめんなさい、本当は主人も一緒に挨拶をするはずだったのだけれど……」


「どこかに行ってしまったと?」


「そうなのよ、いつもはこんなことをするような人じゃないから……心配で……」


 どこか不安げに顔を落とす由良。

 そんな由良に義雄は落ち着いた様子で話かける。


「奥様、旦那様の行方は分かっているのですか?」


「いえ、書置きだけが残っていたらしくて」


「これです」


 部屋に元から居た、若いメイドが義雄にメモ用紙を渡す。

 そこには一言だけ「少し出かけます」とだけ書いてあり、それ以外は何も書いてなかった。


「一体どうしたというんだ、私の知る限りでも、旦那様は約束を破るような御方ではない……何が……」


 深刻な表情の義雄。

 栞も父親の事が心配な様子で、どこか表情が暗い。

 そんな中で誠実は思わず口に出して言う。


「早く探しましょう!」


「え……」


「だって、こんな事いつもだとありえないんですよね?」


「そ、そうですけ……」


「なら、もしかしたら何かあったのかもしれません! 早く探しに行かないと!」


 誠実の言葉でその場にいた皆がハッと気が付き、動き出す。

 栞も誠実の言葉で、表情を戻し、キリッとした感じの表情になる。


「義雄、車の手配をお願い、私も探しに行きます」


「わかりました奥様。メイドと執事を旦那様の捜索に向かわせます。奥様は私達と共に参りましょう」


「お母様私も行きます!」


「しかし、それでは伊敷さんが困ってしまいますよ?」


 心配で栞も居てもたってもいられないのであろう、母の言葉に栞は「あっ」と言葉を出し、気が付く。

 そんな栞の顔を見た誠実は由良に言う。


「じゃあ、俺も手伝います。折角来たんだし、挨拶していきたいですから」


「しかし、お客様にそんな……」


「大丈夫ですよ、それに人数は多い方が良いでしょうし」


 そういう誠実の言葉に由良は甘えることにする。

 家に着いたばかりであったにも関わらず、またしても車でドライブをする羽目になってしまった。

 誠実が探すのを手伝うといったのには、理由があった。

 

(なんか、うちの親父と似たようなことするんだな……)


 誠実の父親もたまに置手紙を残してどこかに消えるのだ。

 大抵は近くの居酒屋で酔いつぶれているのだが、一回だけ交通事故に巻き込まれていたことがあった。

 あの時は、家族全員がなんで探しに行かなかったのだろうと、後悔した。

 そんな経験もあって、誠実はこういう事態には少し敏感に反応してしまうのだ。

 誠実達は、栞の父を探しに町の方に向かった。

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