第57話
*
誠実が栞の自宅についた丁度そのころ。
誠実が出かけた後の伊敷家は少し騒がしかった。
「お父さん! 休みだからってゴロゴロしてないで、どっかに行ってきたら? そこに居られると邪魔なの!」
「し、しかしだな……貴重な休みの日まで労力を使いたくないというか……」
「じゃあ、散歩でも行って来たら良いじゃない、家でゴロゴロばっかしてると、不健康よ」
「な、なんだと! こっちだって毎日汗水たらしてだな!」
「だからって、こんな時間まで寝巻でいないでよ!」
「う……うるさい! 良いだろ別に、誰にも迷惑はかけてないんだ、それにお前もあんまり怒るとしわが……」
誠実の父である、伊敷忠志(いしきただし)がそう言った瞬間、大きな物音とともに、忠志の目の前の机にひびが入った。
誠実の母である、伊敷叶(いしきかなえ)が机に拳を叩きつけたことが原因だと、忠志は直ぐに気が付いた。
気が付くと同時に、叶の怒りが本気だという事に気が付き、体を震わせる。
「……言いたいことはそれだけ?」
「ごめんなさい、行ってきます」
忠志は叶をこれ以上怒らせないようにと、素直に言う事を聞き、外に出かける事にした。
「残金は……6000円か、パチンコでも行くか……」
財布の中身を確認し、忠志は電車に乗って街に向かう。
日曜日の昼間という事もあり、町は人が多かった。
昔は、家族四人で休日となると、よく色々なところに行ったものだと、過去を思い出す忠志。
誠実と美奈穂が大きくなり、そんな機会もメッキリ無くなってしまい。
休日はゴロゴロする毎日。
子供は大きくなるのはうれしいことだが、同時にさみしくもあり、このまま誠実と美奈穂が居なくなってしまうと思うと、急に悲しくなってきた。
「はぁ~、なんだかなぁ……」
ため息を吐きながら歩いていると、町から少し離れたところにある橋を通り掛かった。
ふと橋の方を見ると、何やら橋の上から下の川をジーっと見つめる中年の男がいた。
あんなところで何をしてんだ?
なんてことを思っていた忠志だったが、よくよく考えたら嫌な予感がした。
「ま、まさか!」
周りは町から離れており、人通りが少ない。
しかも橋の高さも結構ある。
しかも男は何か悩んでいるような様子で、先ほどからため息をついている。
忠志は、もしかして自殺か! などと思い、慌てて男の方に走って行く。
「は、早まるなぁぁぁ!!」
「え? う、うわぁぁぁ!!」
忠志は男を止めようと、勢いそのままに、男に抱きつき抑え込む。
「いくら人生に疲れたからって、自殺は駄目だ! 悲しむ人だっているんだぞ!!」
「あ、貴方は……一体何を?」
「え……自殺するんじゃないの?」
「川を眺めていただけです!!」
自分の勘違いだと気が付き、忠志は笑ってごまかしながら、男に手を貸し、立ち上がらせる。
「い、いやぁ~、随分悩んでいた様子でしたので……てっきり」
「だからって、いきなり抱き着いてこなくても……」
笑ってごまかす忠志に男は呆れた表情で応える。
男はガタイが良く、忠志よりも身長が高かった。
スーツを着ていて、身なりもちゃんとしており、高そうな時計もしている。
「すいませんでしたな。しかし、こんなところで何をしていたんですか? 遠目から見たら、完全に自殺志願者みたいな雰囲気でしたよ?」
「自殺を志願しては居ませんが、悩みがあるのは本当ですから……」
さみし気な表情で言う男に、忠志はどこか自分に似た感じを覚え、何かの縁だと思い、男の話を聞いてみようと思った。
「差支えが無ければ、話してくれませんか? こうしてあったのも何かの縁です。他人だから、言える意見もあるかもしれません」
「そうですか……実はですね……」
男はそのまま忠志に話始めた。
男の名前は勤(つとむ)、年齢は忠志と同じで一人娘がいるらしい。
「ほう……娘が初めて男を家に連れてくるんですか」
「はい……話によりますと、その男性から危ないところを助けていただいたそうで、お礼を兼ねて、家に招きたいとの事で、親である私もお礼を言おうと仕事の都合をつけたのですが……」
「ですが?」
「どうやら娘がその男性に気があるらしくて……」
「あらま、それはお父さん心配だな」
自分にも娘の居る忠志にも、その気持ちは痛いほどわかった。
娘となると、お父さんは可愛くてしょうがない。
もし悪い男に捕まって、ひどい目にあわされよう物なら、お父さんは一気に殺人犯になる勢いでその男に襲い掛かっていくものだ。
そう考える忠志であった。
「私は、恥ずかしながら、仕事一筋で今までやって来たところがあり、今更娘に何を言っても、大きなお世話なのではないかと……」
「なるほどな」
「私は娘には幸せになってほしい、だから恋愛関係に関しては少し口を出したいことがあるんです。しかし、今まで娘の事に関して、一切口を出さなかった私が、今更口を挟んでも良いのかと……」
「うーん、確かに。それは都合がよすぎるな」
要するにこの勤という男は、娘との付き合い方に悩んでいるのだ。
忠志は、思えば自分にもそんな時期があったと思い、何か力になれないかと考える。
「ほかに、誰かに相談はしたのか?」
「恥ずかしながら、私は友人と呼べる人が一人も……居ないんです」
「あ! いや、あの……すまん」
「良いんですよ。ずっと、勉強ばかりで、娯楽に興じたことが一度もない、そんなつまらない男に友人なんているはずがありません。妻とも見合い結婚で、最近はあまり会話も……」
忠志はそんな勤の話を聞いて、自分と似ていると感じた。
家族と居るのに、たまに感じる疎外感。
家族の為にと働いているはずなのに、家では冷たくあしらわれる。
出かけようにも誰も付き合ってはくれず、出かけても一人でパチンコ。
そんなことを考えていたら、なんだか忠志も悲しくなってきた。
そんな悲しみを吹き飛ばそうと、忠志は勤にとある提案をする。
「よし! 勤、お前時間あるか?」
「え、まぁ……一応。逃げてきたからね……」
「じゃあ、今からちょっと飯でも行こう!」
「え、でも……」
「お前、そんなんだと遊びも何もしらねーんだろ。そんなつ仕事だけで良い父親なんてのも良いかもしれねぇ……でもな、それじゃぁ、お前はどこで仕事のストレスを発散する? どこで家庭のストレスを発散する? そんな状態じゃ、きっといつか壊れちまう」
「伊敷さん……」
「だから、今日は俺がお前に娯楽ってもんとストレスの発散の方法を教えてやるよ! 金は気にすんな! 全部俺が持ってやる、どうせ貯めてても仕方ねーんだ」
忠志はパチンコで勝った時にこっそり貯金していた通帳を持って、勤の背を押し、街の方に向かっていった。
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