第33話

 美奈穂は堂々と宣言した。

 その表情に、恥ずかしさは無い。

 兄を好きで何が悪い、そういった表情で堂々としたまま、美奈穂は2人の反応を待った。

 栞と沙耶香は言われて、気が付く。

 一番のライバルが妹という、強敵であることに。


「……競争率が激しいですわね……」


「じゃあ、先輩は降ります?」


「いえ、ますます彼を知りたくなりました」


 相変わらずの笑顔で美奈穂と沙月にそういう栞。

 栞も誠実の噂を耳にしたことはあった。

 振られても振られても、へこたれずに告白をする、変わった一年生が居る。

 入学してからすぐに流れた噂だったが、まさか自分がそんな後輩に恋をするなんて思ってもみなかった。

 しかも誠実は、多くの人間から好かれている様子でそのことにも栞は驚いた。

 昨日知り合ったばかりで、栞はまだ、誠実を気になり始めている段階だったが、今日ここで話をして思った。

 これだけ好かれている彼が、どんな人間か知りたい。

 自分を助けてくれて人が、どんな人間か知りたい。

 栞はどんどん誠実の事が気になって仕方無かった。


「私は、まだまだ彼を知りません、なのであなた方よりは現状は不利です。でも、もしライバルになったら、負けませんよ」


「先輩、それって宣戦布告ですか?」


 沙耶香が少し厳しい口調で栞に尋ねる。

 しかし、栞は穏やかな態度を変えることなく、優しく答える。


「そんな物騒なことは言いませんわ、それに私たち気が合うんだと思いませんか?」


「え? な、なんでですか……」


 今度応えたのは美奈穂だった。

 こんなにも緊迫した状況下で何を言っているんだ? そう思いながら美奈穂は栞に尋ねる。


「だって、私たちは同じ男性を好きになったんですよ? それって、良くも悪くも何処か似ているところがあるからだと思いませんか?」


「ま、まぁ…確かにそうかもですけど……でもライバルに変わりはないんじゃ……」


「そんなことを言って、3人で争うだけでは、巻き込まれる伊敷君が可愛そうですわ、それに下手をすれば3人とも嫌われかねません」


「う……た、確かに……一理あるかも……」


 美奈穂は栞に言われ、そんな可能性もあるのではないかと思い始める。

 沙耶香も栞が言った言葉について考える。

 ライバルが増えるのは、うれしいことではない、しかし現状一番のリードをしているのは沙耶香であり、まだ焦る段階ではない。

 むしろ、この2人とトラブルになって、誠実に嫌われることの方が、沙耶香は恐ろしかった。


「蓬清先輩の言う通りかもしれませんね……」


「わかっていただけましたか? なら、ここはいがみ合うのではなく、仲良く互いに勝手にやりましょう」


「「勝手に?」」


「はい、結局最終的に選ぶのは伊敷君です。ならば、私たちはライバルをつぶすのではなく、個人で勝手に彼にアプローチするのが良いと思うんです」


 栞の案について考え始める沙耶香と美奈穂。

 栞の言う通り、確かに現状を考えれば、そっちの方が邪魔されずに、皆平等にチャンスがある。

 しかし、勝手にやるという事は、当然抜け駆けのようなことをしても文句が言えない。


「そんな事言って、蓬清先輩……抜け駆けする気じゃ……」


「はい、もちろんします」


((だからなんで笑顔で、この人はとんでもないことを!!))


 栞の発言は、今の話の流れからしてこうも聞こえる、「皆勝手にアピールして、最終的には誠実に決めてもらおう、でも私は普通に抜け駆け的なこともするからね」と。

 沙耶香と美奈穂に喧嘩を売っているようにしか思えない発言に、沙耶香と美奈穂は先輩に尋ねる。


「そ、それだと……結局つぶし合いになりますよね……先輩」


 少し声のトーンを低くして、先輩に尋ねる沙耶香。

 しかし、先輩は笑顔のままで、優しく答える。


「いえ、抜け駆けがどういうものかにもよりますが……それを受け入れるか、受け入れないかも伊敷君次第ではありませんか?」


「「あ……」」


 確かにそうだと、2人は気が付いた。

 抜け駆けと言っても、誠実に対して何かをすることであり、それを誠実が受け入れなければ、抜け駆けにはならない、そう考えると、結局は抜け駆けするかしないかも個人の自由になってくる。


「貴方達の方が、私よりも彼を理解しているのではありませんか? 彼がそんな、色仕掛けで簡単に落ちるような男性ではない、私は昨日今日で、彼にそんな印象を抱きました。それとも、私のこの認識は間違いでしたか?」


 栞の落ち着いた言葉を聞きながら、沙耶香と美奈穂は思った。

 確かに栞の言う通りだと、そんな簡単にものにできるのなら、苦労はしないと、2人はそんなことを考える。


「わかりました、じゃあそうしましょう。みんな勝手にやって、どんなことがあっても恨みっこなしってことで」


「そうですね……色々不安はありますが、そのれが一番かもしれません……」


「わかっていただけて何よりです」


 話に決着が付き、3人は互いを認め合う。

 3人のテーブルには、もう重苦しい空気は無く、ただ美少女が3人で仲良く話をしているだけの状況になった。

 3人の話に注目していた店内の店員もお客さんも、そんな3人を見ながら微笑む。


「でも、先輩たち変わってますね? あれのどこが良いんですか?」


「それを美奈穂ちゃんに言われたくないよ! それにさっきも言ったじゃん!」


「でも、前橋先輩も蓬清先輩も他に良い人が居ると思うんですけど?」


「ウフフ、人は外見だけでは無いという事ですよ、美奈穂さん」


 兄が好かれるのは嫌な美奈穂だが、兄の魅力をわかってくれる人が居るのはうれしかった。

 確かに私たちは似ているかもしれない、そう思いながら、3人の少女は笑い合う。

 そんな中、突然誰かのおなかが大きくなった。

 顔を真っ赤にして俯いている様子から、沙耶香が犯人だと言う事が、一発でわかった2人。


「……あ、あはは……おなかすいちゃって……」


「何か頼みましょうか、もう時間的にも夕食の時間ですし」


「そういえば私もおにぃを待ってて、おなかペコペコでした」


「じゃあ、何か食べましょう」


 そういって、メニュー表を開き、メニューを決め始める3人。

 3人の話に注目していた店員たちは、急いでオーダー取る準備を始め、いつ呼び出しのボタンが押されてもい良いように待機する。

 知らず知らずのうちに、ファミレスに居た人間全員を注目させていた3人の戦いは、平和的に幕を閉じたのだった。

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