203話
*
花火大会の当日、栞は自室で浴衣を選んでいた。
「はぁ~、どうしましょう。これでしょうか? それとも……」
大きなウォークインクローゼットの中で、栞は悩んでいた。
一番自分に似合う浴衣はなんなのか、改めて考えてみると難しい。
こんなに着ていく服で悩んだのは初めてだった。
「はぁ……ダメですね……自分では決められません」
一人で悩んでいると、部屋のドアがノックされた。
「はい?」
「失礼いたします。お嬢様、まだお決まりにならないんですか?」
入ってきたのは、栞の家で働くメイドの一人だった。
約束の時間が迫ってきているため、栞の事を呼びに来たメイドだったが、栞の準備は全く出来ていない。
「えぇ……その……今日は大切な日ですから……」
「お嬢様もお年頃ですからねぇ~」
「な、なんですか! もぉ!」
ニヤニヤしながら栞にそういうメイド。
栞はそんなメイドに顔を真っ赤にして答える。
「お嬢様の気に入ったお方なら、見てくれだけで印象を変えるような人物とは思えないのですが?」
「好意を持っている方には、一番綺麗な自分を見せたいんです」
「お嬢様はいつも綺麗ですよ。心配せずともよろしいと思いますが……」
そう言われても栞は気合いを入れて行きたいのだ。
ただでさえライバルの多い相手、しかも栞はそこまで誠実と接点があるわけでは無い。
だからこそ、こういうときに一気に距離を縮めたい。
「はぁ~どうしましょう……」
「でしたら、この黒の浴衣はいかがですか?」
「黒ですか?」
「はい、黒は女性を綺麗に見せるんですよ。それにお嬢様の肌の白さま際だってよろしいかと」
「そう……でしょうか?」
「絶対にそうです。私を信じて下さい」
メイドに自信満々にそう言われ、栞は黒の浴衣を手に取る。
正直これが一番似合っているのか、自分には良くわからない。
しかし、これ以上悩んでいては約束の時間に遅れてしまう。
「そ、それではこれにします!」
「お嬢様! 頑張って!」
「はい!」
栞は浴衣を決定し、着替えを始める。
「い、一応……下着も黒にした方が良いでしょうか?」
「お嬢様、まさかそんな予定が!?」
「ち、違います! 一応です! 一応!!」
結局下着も黒にした。
*
「あぁ~、なんか夕方なのに熱そうだなぁ~」
「あんた今日花火に行くんだっけ?」
「そうだけど、それが何?」
誠実は夕焼けの空をみながら、母親に聞き返す。
リビングにいる誠実と誠実の母の叶は、ソファーに座ってテレビを見ていた。
「美奈穂も出かけるって行ってたから、私もお父さんとビアガーデンにでも行ってこようと思って」
「飲み過ぎだっての。まぁ、俺は飯はあっちで済ませようと思ってるから良いけど……」
「昔はアンタと美奈穂を連れて家族で行ったけど、今じゃみんな皆バラバラだものねぇ~。月日が経つのは早いわ」
「そんなもんだろ?」
「そう言えばアンタ、今日は栞ちゃんとお祭りに行くんでしょ?」
「あれ? 俺、お袋に言ったっけ?」
「そんな事はどうでも良いの。で、どうなの?」
「どうって?」
「栞ちゃんとの関係よ!」
「は?」
誠実は母からの問いに間の抜けた声で聞き返す。
叶はそんな誠実の目を見て、再び尋ねる。
「付き合ってるの?」
「いや、ただの先輩後輩の関係だから、そんなん無いよ」
「栞ちゃんも大変そうね………」
「はぁ? なんで先輩が大変なんだ?」
「何でも無いわよ……こういうところはお父さんそっくりよね……」
肩を落としてそう言う叶に、誠実は不思議そうに首を傾げる。
「そろそろ栞ちゃんが迎えに来る時間でしょ? 準備は出来たの?」
「出来てるよ、そんな子供じゃないんだから」
そんな事を言っていると、家のチャイムが鳴った。
誠実は栞が来たのであろうと、急いで玄関に向かう。
「はーい」
誠実がドアを開けると、そこには黒い浴衣に身を包んだ栞の姿があった。
「先輩、わざわざありがとうございます」
「いえ、お誘いしたのはこっちですから、もう行けますか?」
「はい、大丈夫です。今日はよろし……」
誠実がよろしくお願いしますと言おうとした瞬間、栞と誠実の間に執事の義雄が割って入ってきた。
「久しぶりですね、クソが……誠実君」
「いまクソガキって言いかけましたよね!」
義雄と誠実は仲があまりよろしく無い。
理由は簡単で、義雄が栞を溺愛しているからだ。
「ふん! 本当だったら、お嬢様から100メートルは離れて欲しいところじゃがな……」
「離れ過ぎだろ!! 過保護なのも大概にしろよ!」
「何じゃと! お前だってお嬢様に暗闇で何かいかがわしい事をしようと企んでおるのじゃろ! そうはいかんぞ!!」
「アホか! んなこと出来るわけねーだろ!!」
「貴様の目は節穴か! こんなに可愛らしいお嬢様と一緒で欲情せんとは!」
「どうすれば良いんだよ! 俺は!!」
いつも通り言い争う誠実と義雄。
そんな二人を見て、とうとう我慢の限界だったのか、栞は黒い笑みを浮かべて二人に静かに言う。
「お二人とも……早く行きますよ」
「「は、はい………」」
その圧倒的な威圧感に、誠実と義男は思わず息を飲む。
誠実と義男は直ぐさま言い争いをやめ、お互い静かになる。
「それでは行きましょうか、誠実君」
「は、はい……」
誠実は言われるがまま車に乗り、義雄は運転席に座る。
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