202話



 誠実が花火大会の事を栞から聞いている頃、綺凜はバイトをしていた。


「え? 花火大会の観覧席のチケットを貰ったって?」


「はい、どうしましょう……やっぱりこういうの良くないんでしょうか?」


 真面目な綺凜は、常連客から気に入られている。

 そんな常連の中でも、毎日やってくる近所のおばあちゃんに綺凛は花火大会のチケットを貰ったのだ。


「大丈夫だよ、きっとおばあちゃんが渡したくて渡したんだろうし」


「は、はぁ……」


 チケットは一枚で二人分だった。

 

「でも……別に花火大会に行く予定も……」


「誠実君と行ってきたらどうだい?」


「え?」


 何も知らないマスターが、さらりとそう言い放つ。

 しかし、それは綺凜にとっては結構勇気のいる行動だった。

 振った相手を花火大会に誘うなんて、そんなデリカシーの無いことは出来ない。


「えっと……そ、それは……」


「アハハ、そうだよね。学校の友達とかに勘違いされたくないよね」


「そ、そうですね……」


 苦笑いをしながら綺凜はマスターに答える。

 バイトが終わった後も綺凜はチケットをどうしようか考えていた。


「はぁ……やっぱり誰かにあげようかしら」


 しかし、真面目な綺凜はおばあちゃんから好意を無下にする事になるのではと考えてしまう。


「やっぱり悪いわよね……」


 綺凜は息を吐き、スマホを取って連絡先のアプリを開き、美沙に電話を掛ける。


「もしもし」


『もしもし? どうしたの綺凜?』


「今度二人で花火大会にでも行かない? 観覧席のチケット貰ってさ」


『いいね! 行こうか! もしかしたら会場で誠実君にも会えるかもしれないし』


「じゃあ………」


 綺凜は日時と集合場所を伝え、電話を切った。

 こういうときは女同士で行くのが一番だろうと綺凜は美沙を誘ったのだ。

 この前の海でも色々あったようなので、美沙の気分転換にもなるかと思ったのだ。


「誠実君も行くのかな?」


 美沙の先ほどの言葉を聞き、綺凜はそんな事を考える。

 会場で出会ったら美沙が騒ぎそうだな、なんて事を考えながら、綺凜はスマホを充電器に刺して机の上に置く。





「おにぃさ」


「ん? なんだ美奈穂」


 栞からの電話の後、誠実はリビングで美奈穂に話し掛けられていた。

 

「おにぃは花火大会行くの?」


「ん? 行くけどそれがどうかしたか?」


「ふーん……そうなんだ……ちなみに誰と?」


「お前には関係無いだろ」


「誰と?」


「イダダダ!!! 足を踏むな!」


 誠実は寝っころがっていたところを立っていた美奈穂に踏まれる。

 何か気に触ることでも言っただろうかと思いつつ、誠実は栞と行くことを美奈穂に話す。


「お、お前も知ってるだろ! 蓬清先輩と一緒に行くんだよ!」


「ふーん……」


「ぎゃあぁぁぁ!! 痛い! 痛いって!!」


 栞と行くことを告げると、美奈は更に強い力で誠実の足を踏む。

 誠実はなんで美奈穂の機嫌が悪いのか全くわからず、のたうち回っていた。


「それって、デート?」


「違う! 違います!! そういったものではけして無いと思います!!」


「ふーん……」


 冷たい目をしながら美奈穂は誠実にの足から自分の足をどける。


「あぁ……痛かった……」


「二人で行くんだ……やらし」


「アホか! ただ一緒に花火行くだけだっての!」


 美奈穂はソファーに座り、麦茶を飲みながら誠実に冷たい視線を送る。

 

「私も友達と行くから」


「え? あぁ、そうか」


「……男の子と……行くかも」


「あっそ」


「フン!」


「イダ! 何すんだよ!!」


「別に! もう知らない!!」


 美奈穂はテレビのリモコンを誠実に投げつけ、気分を悪くして部屋に戻っていった。

 誠実はなぜ美奈穂が怒っているかわからず、頭を抑えていた。


「何なんだよ……」


 

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