125話

「随分仲が良いようで! じゃ、私はこれで!」


「あ、美奈穂ちゃん!!」


 怒って美奈穂は直ぐに帰ってしまった。

 美奈穂はそう言って誠実達の元を後にする。

 そんな美奈穂の後を中村が慌てて追いかけ、誠実は美奈穂が一体何をしにきたのかがわからず、首をかしげていた。


「怒らせちゃったかな……」


「いえ、元々今日は機嫌が悪かったので。しかし、あいつは一体何をしに来たんだ?」


「はぁ~……誠実君は女心がわかってないなぁ~」


「え? どうしてですか?」


 ため息をつき、恵理はやれやれといった様子で弁当を食べる。

 一方、怒って行ってしまった美奈穂は、中村に呼び止められていた。


「美奈穂ちゃん!」


「何ですか…」


「あのね、そんなに怒っても仕方ないわよ? お兄さんだって謝ってくれたんだし、そろそろ許してあげないと」


「別に、もう怒ってませんから」


 眉間にシワを寄せながら、言う美奈穂に、中村は美奈穂が相当怒っている事を悟る。

 やっぱり、恵理と誠実が仲良くしているのが気にくわない様子の美奈穂。

 中村はなんと言ったら良いものかと考えるが、言葉が浮かんでこない。

 今の若い子の恋愛も複雑なんだなと、中村は感じていた。


「気持ちはわかるわよ、好きな男が、他の女と仲良くしてたら嫌よね?」


「べ、べつにわたしは……」


 同様する美奈穂に、中村は追い打ちを掛けるように言う。


「ならなんで怒ってるの?」


「そ、それは……」


「いい? 怒りたくなるほど、他の女と居られるのが嫌なら、怒ってないで行動しなきゃダメよ!」


「行動ですか?」


「そうよ! 私も昔は頑張ったわ……ほとんど逃げられたけど……」


「あぁ……まぁ……はい」


 逃げられたのは女性なのだろうか? それとも男性なのだろうか? そんな事を考える美奈穂に、中村は更に言う。


「正直、私は美奈穂ちゃんを応援しているのよ! 兄妹の許されない禁断の恋……私も似た経験があるから……」


「中村さん……」


「だから、怒ってるばっかりじゃダメよ! 美奈穂ちゃん可愛いんだから! 頑張ってお兄さんを振り向かせなきゃ!」


 美奈穂は中村に言われ、そうかもしれないと自分の考えを改める。

 確かに、自分は少しピリピリしていたかもしれない。

 こんな調子では、誠実の方が自分から離れて行ってしまう。

 そんな事を思った美奈穂、これからどうするべきかを考える。


「大丈夫よ、貴方のお兄さんが優しいことは、美奈穂ちゃんが一番良く知ってるでしょ?」


 しょんぼりしている美奈穂に、中村は優しく語り掛ける。

 そんな中村に励まされ、美奈穂は中村と二人で今後の作戦を練り始めた。





「はい! 二日間お疲れ様でした! これで全日程終了で~す!」


「「「おつかれっした~」」」


 夕方、撮影のすべてが終わり、後は旅館に行って宴会をするだけの段取りとなった。

 誠実は機材や道具などを車に積み込むのを手伝い、最後の一仕事を終え、ホテルのロビーで中村と美奈穂を待っていた。


「はぁ~なんかつかれた……」


 二日間の慣れないアルバイトに、誠実は緊張の糸が切れ、ホテルのロビーでソファーに体を預けてぐったりしていた。

 今から移動して温泉宿に泊まり、明日の昼頃に帰るだけの日程となっている。


「おまたせ~」


 誠実がソファーで休んでいると、中村と美奈穂が荷物をまとめてホテルから出て来た。


「遅かったですね、なにしてたんですか?」


「うふふ、乙女の秘密よ」


「お、乙女……ですか……」


 引きつった笑みを浮かべながら、誠実は中村に答える。

 一方、後からついてきた美奈穂はというと、不機嫌ではなさそうだが、どこか難しそうな表情で荷物を持ってやってきた。

 誠実は夜の事をまだ怒っているのかと思い、美奈穂をこれ以上怒らせないよう、極力話し掛けはしないようにしていた。


「それじゃ、行きましょうか?」


 中村の車に乗り、誠実と美奈穂は温泉に向かう。

 その道中、車内は静まりかえっており、誠実は一人だけが気まずい空気の中、何か話した方が良いだろうか? と一人で葛藤していた。

 しかし、そんな誠実の考えを見透かしたかのように、美奈穂が口を開く。


「なにか話しでもあるの?」


「え! あ、いや……その……」


「………もう良いわよ……夜の事」


「え…」


「私も少ししつこかったし……それに寝ぼけてそっちのベッドに入った私も悪かったし……」


「美奈穂……」


「だから、そんな黙り(だんま)してないで、いつも通りにしてなさいよ」


 笑みを浮かべながら言う美奈穂に、誠実はほっと一安心する。

 誠実は仲直りのつもりで、改めて美奈穂に謝罪する。


「本当にわるかったな……」


「ま、私も大げさ過ぎたわね……考えて見ればおにぃだし」


 やっといつも通りに戻れたと、誠実は安心した。

 これでようやく宴会と温泉を心から楽しめると思うと、なんだかつかれがどこかに行ってしまったようだった。

 車に揺られること数十分、誠実達は温泉宿に到着した。


「へ~、なんか高そうな宿だな……」


「気にしなくて良いわ、どうせ経費で落ちるし」


「こんな宴会が経費って……」


 中村の言葉に誠実は驚きつつ、荷物を案内された部屋に運んでいく。

 やっぱり誠実と美奈穂は同室で、誠実は昨晩のような事がない用に気を付けようと心に決めた。


「うわ、部屋も広くて良い部屋だな~」


「和室ってのも良いわね」


 昨日泊まったホテルとは違い、旅館の窓からは山々が一望出来た。

 しかも、広々とした部屋は、畳の良い香りがして気持ちが良かった。


「宴会までは自由にしてて良いらしいけど、おにぃはお風呂行くの?」


「あぁ、そうするよ。疲れたし、早くさっぱりしたいんだ」


「じゃ、私も行くわ。えっと……あ、あった、はい浴衣」


「おう、サンキュー。じゃ、行くか」


 誠実は美奈穂から浴衣を受け取り、早速温泉に向かう。

 男湯と女湯の入り口で誠実と美奈穂は別れ、誠実は一人男湯に入っていく。

 すると、そこには撮影の時に居たスタッフさんやメイクさん、カメラマンさんなどがおり、楽しそうに談笑していた。


「お、誠実君も来たのかい? 良いお湯だからゆっくりつかるといいよ」


「そうなんですか? じゃあ、ゆっくり入って来ます」


 カメラマンのおじさんに言われ、誠実は笑顔でそう答えて温泉に向かう。

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