第61話

 誠実と栞が、捜索を再開して更に2時間。

 時刻はもうすぐ17時になろうとしていた、既に日が落ち始め、誠実たちも疲れが出始めていた。


「居ませんね……」


「はい……本当にどこに行ったんでしょう……」


 栞の不安は大きくなっていき、誠実はそんな栞が心配だった。

 しかし、時間も時間で義雄からそろそろ一度切り上げようと、電話も来ていたため、誠実と栞は義雄達との合流場所まで歩いていた。

 そんな道中だった。


「あ……」


「どうかしましたか?」


 急に誠実は立ち止まった。

 その様子に、栞は疑問を感じ誠実の尋ねる、しかし誠実は何も応えず、どこか複雑そうな表情で、どこかを見つめている。

 どこを見ているのだろう? 栞はそう思い、誠実の視線の先を見る。


「あれって……」


 誠実の視線の先、そこに居たのは綺凛だった。

 しかも、綺凛の隣には駿が居た。

 栞は誠実が綺凛に振られ続けていることは知っていたが、誠実が綺凛に利用されていたという事を知らない。


「……行きましょう」


「伊敷君、大丈夫?」


「大丈夫ですよ、行きましょう」


 誠実は無理やり笑顔を作り、栞にそういうと綺凛達に気が付かれないように、顔を伏せて綺凛たちの脇を通り過ぎようとする。

 すると、栞はそっと誠実の手を握る。


「先輩?」


「大丈夫です、私もいます」


 栞はそう言って誠実の半歩後ろをついて歩いていく。

 手を握られているだけなのに、誠実はすごく安心できた。

 誠実は顔を上げ綺凛達の脇を通り抜ける。

 すれ違った瞬間、綺凛は気が付いていなかった様子だったが、駿は気が付いている様子だった。


「………明日が楽しみだな」


「………」


 すれ違った瞬間、駿は嫌な笑みを浮かべながら、誠実に小声でそういった。

 どういう意味だ?

 誠実は少し歩いたところで振り返り、駿の方をにらみつける。


「伊敷君……どうかしましたか?」


「あ、すいません……行きましょう」


 気になる事はあった。

 しかし、誠実はその場で何もできなかった。

 やり返してやりたい、綺凛に本当の事を伝えたい。

 そう思ったが、綺凛のあの笑顔を見たら何も言えなくなってしまった。

 本当に楽しそうだった、誠実が知らない綺凛の笑顔がそこにはあった。

 それを考えると、誠実は何も言えなかった。


「大丈夫ですか?」


「……あ、大丈夫ですよ………」


「えい」


「ふぁ、ふぁの……ほっへをつねるのひゃめてください……」


 誠実の元気のない表情を見た栞は、急に誠実のほっぺを掴み、両脇に引っ張る。


「うふふ……難しい顔ばかりしているからです。伊敷君はいつも通り笑顔でいて下さい。そっちの方が私は好きです」


「そ、そうですかね?」


 栞に好きと言われ、若干ドキッとする誠実。

 そういう意味ではないと分かっていても、異性から笑顔で好きと言われるのは、照れてしまう。

 なんだか、普段の栞に戻ったようで、誠実は安心した。

 一方で栞も今日初めて先輩らしいことが出来たと、ご満悦だった。


「あ、あの……」


「なんですか?」


「そろそろ、頬から手を放して下さい。恥ずかしいんで……」


「あ、すいません……」


 気が付くと周りの人から見られ、注目を集めていた。

 小学生くらいの男のなんかは、誠実たちを指さし大きな声で何かを言っている。


「ねぇねぇ、お母さん。あぁ言うのバカップルって言うんでしょー?」


「マー君! 大きな声でそういう事言わないの!」


(マー君、君は早くこの場から離れてくれ! なんかドンドン爆弾を落としそうな雰囲気がする!)


「でも、お母さんも言ってたよ、最近の若い子は街中でも節操が無いって……せっそうって何?」


(マー君! とそのお母さん!! お願いだからさっさと向こうに行って! 先輩顔真っ赤だから!)


 誠実は急いで栞を連れて、その場から立ち去る。

 少し歩いたところで人通りのすくな道に出た誠実と栞。

 栞は顔を真っ赤にしたまま下を向居ており、誠実も先ほどの出来事が脳裏をよぎって離れず、気まずい雰囲気だった。

 しかし、そんな気まずい雰囲気を打ち消す人物が、すごい勢いで走って来た。


「お嬢様ぁぁぁぁ!!!」


「よ、義雄さん?」


「お嬢様! お怪我はございませんか! この男によからぬ事をされませんでしたか!!」


 焦り過ぎて、モロに本性が出ている義雄に、誠実は思わず苦笑いを浮かべる。

 この人って、こんなキャラだっけ?

 なんてことを考えながら、誠実は栞と義雄の話に耳を傾けていた。


「な、なにもされてません! どちらかというと……なにかしたのは私で……」


「お! お嬢様!! 一体何を! 何をしたんですか!!」


「そ、その……ボディータッチを……」


「貴様ぁぁ!!」


「え! なんでぇ!!」


 義雄は栞の話を聞くと、誠実の方に詰め寄り誠実の襟を掴んで怒号を浴びせる。


「貴様! お嬢様にどこを触らせた! あそこか! そこか! それとも何か!!」


「別に触らせてません!!! ていうか、その選択肢は何なんですか! 名称を言ってください!!」


「よ、義雄さん! 落ち着いてください、触ったのは私の方ですから!」


 あまりの怒りで、すでに栞の声が聞こえていない義雄。

 そんな義雄をなだめようと、義雄の後ろから、栞の母である由良がゆっくり近づき、義雄の腰をツンと突く。


「えい」


「あ! お、奥様……今腰は……」


「お客様に何をしているんですか、こうなると思ったから、義雄と伊敷さんを離したのです。毎回毎回、栞を心配しすぎです。栞に言い寄る男性すべてにそんな調子では、栞に良い人が出来なくなってしまいますわ」


「し、しかし……」


「しかし、じゃありません! 少しは自重してください!」


「うう……す、すみません」


 義雄は腰を押さえてその場に四つん這いになり、誠実は義雄から解放され、少し距離をとる。


「それよりも、そちらはどうでしたか?」


「いえ、残念ながら……」


「そうですか……他の使用人も探していますが、見つからないようで……一旦戻りましょう。それに伊敷さんはそろそろお帰りにならないと、遅くなってしまいますわ」


「え、でも……」


「ここからは、元々は私たち家族の問題です。これ以上伊敷さんにご迷惑はかけられません」


 由良が申し訳なさそうに誠実に言う。

 すると、脇の居酒屋から誠実にとって聞きなれた声が聞こえてきた。

 そんな愉快な声に、この場の雰囲気を壊されてしまい、誠実は声のした居酒屋をみる。


「あれ? この店って……」


 誠実はその居酒屋を知っていた。

 昔、よく父親に連れて来てもらった店で、店主の親父さんと顔見知りだった。

 誠実はそんな知った居酒屋から、聞きなれた声が聞こえてきたので、まさかと思い聞き耳を立てる。

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