第60話

「今までそんな事する親父じゃなかったから、最初は驚いたんですけど、そのうち帰ってくるだろうと思って、ほっといたんです。そしたら、事故にあってて……」


「それは、びっくりですね……」


「まさかと思いましたよ。幸い足を折ったくらいだったんですけど、なんで直ぐ探しに行かなかったんだろうって……だから、今日先輩のお父さんの話を聞いた時、親父と似てるなって思って、なんだか心配になったんです」


 あの日の出来事を思い出し、誠実は真っ先に探しに行こうと切り出した。

 誠実の父親が家出した時に、誠実はそれが出来なかった。

 そのことを誠実は少し気にしており、自分勝手に罪滅ぼしの意味で、こうして栞の父を探していた。


「多分、俺たち子供にはわからない悩みが、親父達にはあるんだと思います。俺たちにも悩みがるように……」


「そうですよね、いくら親と言っても、同じ人間ですもんね……」


「だから、先輩がお父さんと話そうとしたことは、間違いじゃないですよ。話をしないと、何も分かり合えませんから」


 後輩から笑顔でそういわれ、栞は自信を持つことが出来た。

 栞は自分よりも年下の男子に励まされ、なんだか年上の自分が情けなくなった。

 しかし、同時に誠実の事を頼もしく感じた。


「にしても、すごい人ですね……はぐれないように気を行けないと」


「そうですね、ではこうしましょう」


「え! せ、せんぱい、あの……手を握るのはちょっと……」


 栞は満面の笑みを浮かべながら、誠実の手を取る。

 誠実はそんな栞の急な行動に、ドキッとし、顔を赤らめながら栞に言う。

 しかし、栞は誠実の手を強く握って離さない。


「人も多いですし、迷子になっては元も子もありませんわ」


「で、でも…こんなところ、誰かに見られたら」


「私は構いませんよ。さ、行きましょう」


「あ! ちょっと先輩!」


 栞は誠実の手を引いて、ズンズンと街中を歩いていく。

 こういう時に限って、知り合いと会ってしまうのではないか。

 誠実はそんな嫌な予感がしながらも、今は栞の父を探すことに集中しようと、改めて捜索を再開する。


「いませんね……」


「そうですね……お父様…」


 探し始めて既に2時間が経過しようとしていた。

 栞は次第に不安を募らせ、表情も暗い。

 誠実はなんとか栞を安心させることはできないかと考えるが、何も思いつかない。

 早いとこ、栞の父親を見つけ出して、安心させよう。

 それしかないと思った誠実は、辺りを見回す。

 しかし、そう都合よく見つかるわけもなく、それらしい人は、見当たらない。

 考えてみれば、昼飯も食べずに捜索しており、腹も減っていた。


「あ、先輩。少し休憩してあれ食べませんか?」


「え、クレープですか?」


 ちょうど近くにあったクレープ屋に、栞を誘う誠実。

 そのクレープ屋は、ここら辺では美味しいと有名で、何度か雑誌にも取り上げられた事もある店だった。

 中でも、男女で食べると必ず結ばれるというクレープは、カップルの間で有名であり、休みの日には、毎日行列が出来ていた。

 しかし、今日ははたまたま空いているらしく、行列は無い。

 誠実と栞は店に入り、テイクアウト用にクレープを注文する。


「先輩は何にしますか?」


「じゃあ、私はストロベリーのを……」


「じゃあ、俺は……ラズベリーにしようかな」


 それぞれ注文が決まり、レジの店員に注文を伝え、代金を払う。

 すると、なぜか店員の若い女性が、ニヤニヤしながら誠実と栞を見ていた。

 気になった誠実は、女性店員に尋ねる。


「あの、何か?」


「あ、すみません。お客様もカップルクレープを食べに来たんだなぁ~って思ったら、つい和んでしまって」


「え? カップルクレープ? 俺たちそんなの頼んでませんよ?」


「あ、もしかして知りませんでした? ストロベリーとラズベリーの二つのベリー系のクレープをカップルでそれぞれ頼んで食べると、必ず結ばれるっていう噂」


「む、結ばれ……え?」


「それにしてもかわいらしい彼女さんですねぇ~、何て言うか、品があるって言うか。お兄さんは普通なのに」


「悪かったですね!」


「すいません、冗談ですよ! お似合いですよ~、コレを食べてさらに仲良しになって、少子化を食い止める運動をドンドンしてくださいね!」


「そ、そういう関係じゃないですので!!」


 誠実は顔を赤くしながら、二つのクレープを受け取り、栞とともに店を出た。

 幸い先ほどの話を栞は聞いて居なかったようで、気まずい雰囲気にはならなかった。


「先輩、どうぞ」


「あ、すいません。えっと…今お代を……」


「気にしないでください、俺のおごりです」


「で、ですが……」


「疲れた時は甘い物が良いですよ」


 誠実はそう言って、栞から代金を受け取らなかった。

 理由はただ単に、女子に金を出させるというのが、なんだか男としてかっこ悪く感じたからだ。


「ん、やっぱり美味いな、流石有名店」


 誠実と栞は、公園のベンチの腰を下ろして、2人でクレープを食べる。

 一体栞の父はどこに行ってしまったのやら、そんなことを考える誠実の横で、栞はクレープを食べる。


「本当ですね、甘くて美味しい……」


 久しぶりに栞の笑顔を見た気がした誠実。

 本当に美味しそうに、笑いながらクレープを食べる栞を見て、誠実は思わずこんなことを言ってしまった。


「やっぱり、先輩って可愛いっすね……」


「え……」


「……あ」


 誠実のいきなりの発言に、栞の顔は見る見るうちに赤くなっていく。

 誠実も自分が何を言ったのかに気が付き、急に恥ずかしくなって、栞とは反対側の方向を向く。


「す、すいません! つ、つい……」


「い、いえ……あ、あの…ありがとうございます」


 なんだか傍から見たら、付き合い始めたばかりのカップルのようで、誠実と栞の周辺だけ、温度が高くなっているような感じだった。

 しかし、ながら今はそんな状況を楽しんでいる場合ではない。

 探し始めて、すでに2時間ちょっと、全く手掛かりのつかめないままで、不安はどんどん大きくなる。

 誠実たちは、早々とクレープを食べ終え、公園を後にし再び捜索に戻る。

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