第62話


 誠実たちが必死になって捜索をしているそんな時、居酒屋では忠志と勤、そして店の店主の親父が、家族の話題で盛り上がっていた。


「にしても、ただちゃんのとこは良いじゃねーのよ。うちなんて、娘は勉強ダメ出し、嫁はあれだしで大変よぉ~」


「あ、奥に居る女性は、店主の奥さんだったんですか?」


「おう、昔と今じゃ、雲泥の差よぉ……今じゃしわくちゃのシワだら…イテテ!!!!」


「私がなんだって?」


「アハハ、親父も嫁の尻に敷かれっぱなしじゃないの!」


 居酒屋の店主の奥さんは、カウンターの奥でサイドメニューや、汁物を作っていたのだが、話が聞こえたらしく、店主の親父の元にやって来て、思いっきり耳を引っ張った。

 そんな店主と奥さんの姿を見て大笑いをする忠志。

 勤も苦笑いをしながら、その様子を見ていた。


「全く、私が嫁に来なきゃ、あんたは一生独り身だったよ! 感謝してほしいね!」


「は、はい。すいやせん……」


 先ほどまで勢いのあった店主が、今はしゅんとしている。

 そんな店主の様子を見て、勤は直ぐにこの夫婦の上下関係が分かった。


「伊敷さん、今日は珍しく連れが居るんだねぇ、誰だいこの男前? 私にも紹介してくれよ。この亭主から乗り換えるから」


「そりゃないぜお前~」


「あはは、こいつは今日知り合った、勤って言うんだよ! 聞くとこによると、こいつは家族の事で悩んでるらしくてな! 奥さんも相談に乗ってやってくれよ~」


「ありゃ、大変だね~。何があったんだい?」


「あ、それは……」


 勤は自分が今置かれている状況を、店主の奥さんに話した。

 奥さんも相槌をうちながら、勤の話を真剣に聞いて居た。


「……と、いう訳で……」


「それは、あんたが悪いよ!」


「え……」


 勤はそう奥さんに断言され、驚いた。

 まさかハッキリそうストレートに言われるとは思っていなかったので、勤は一気に良いが覚めた気分だった。


「どんな理由があったにせよ、あんたはそこから逃げちまったんだ。あんたが悪い、ちゃんと顔見て話さないと、どんな人とも分かり合えないよ」


「た、確かに……」


「奥さん! いじめすぎだよ!! こいつだって、色々あるんだぜ?」


「伊敷さんは男だから、そんな風に同情しちまうんだよ! 女はね、旦那が何も言わないと寂しいんだよ……構いすぎッてのも嫌だけど、適度に構ってほしいんだよ……」


「なんで、俺の方を見るんで……」


 奥さんは店主に何かを訴えるように店主に視線を向けながら、語りだす。

 店主はそんな視線に気が付き、気まずそうに焼き鳥を焼き始める。


「確かに、男にもいろいろあるんだろうよ、でも男が思っているほど女は強くないんだよ! 家に帰って来なきゃ寂しいし! 私に飽きたんじゃないかって、不安にもなる! 私は恋愛結婚だから、見合い結婚がどんな感じかなんてわからないよ! でも、あんたの奥さんは、あんたを良いと思ったから結婚したんだろ? それはあんただって変わらないだろ? ならちゃんと話をしないと、家族なんだ」


「………そうですね」


 店主の奥さんの言葉は、勤の胸にグサリと突き刺さった。

 奥さんの話は最もであり、勤は図星を疲れた気分で、自分自身を責めていた。


「まぁまぁ、そんな責めないでやってよ~。勤、確かに奥さんの言う通りだよ、だけどな人間時には逃げたくなるんだよ……」


「逃げたくなる?」


「あぁ、誰だってそうだよ。色々考えすぎて、全部忘れたくなってな……逃げたくなるんだよ。それがお前は今日だったんだよ」


 忠志は勤のグラスにビールを注ぎ、何かを思い出しながら勤に話す。


「俺もそうだった……わからなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって、気が付いたら一人で街を歩いてた……人間、一度はそういう時があるのかもしれない」


「忠志もそんなことが?」


「あぁ、なんだか家族ってもんがわからなくなってな、気が付いたら家を出て飲み屋をはしごしてた……」


 寂しそうな表情でそう語る忠志。

 勤はそんな忠志の話を真剣に聞いていた。


「そしたら、丁度この店の前で事故にあってよ、足折っちまってさ! いやぁ~あの時は参ったよ」


「え! 大丈夫だったのかい?」


「あぁ、俺は全然平気よ! でも、家族がな……」


 その言葉の続きが、勤には予想が出来た。

 何も言わずに家を出て家族に心配をかけているところに、交通事故にあったなんて話が来れば、家族はひどく心配するだろう。


「あんときは、家族全員が泣いて俺に謝ってきてよ……正直申し訳なかったよ。謝らなきゃいけないのは俺なのに……」


「忠志……」


「今思えば、あれは神様が自分勝手な俺に落とした罰だったのかもしれないな……おかげで、家族について考えるいい機会になった。今じゃ、家族に不安を感じることは一切ない。良く分かったからな、愛されてるってことがよ……」


 ビールを飲みながら、そう語る忠志を勤は凄いと思った。

 心から家族を信頼している。

 そういう感じが、話を聞いて居た勤にも伝わって来た。

 今の自分に足りないものを忠志は持っている。

 そう勤は感じていた。


「だからさ、お前もちゃんと家族と話てみろよ。大丈夫だ、きっとお前の娘や嫁さんだって、お前を愛してるよ。家族ってのはそういう当たり前のことを中々言えないもんだ」


 忠志の話を聞いているうちに、勤は目から自然よ涙があふれ出ていることに気が付いた。


「お、おい! どうした勤?」


「あ……いや、なんでも…うっ……」


 自分が情けなくて泣いているところもあった。

 しかし、一番は違う。

 一番の涙の原因は、自分の相談を一日を通してずっと聞いてくれた、忠志にあった。


「おいおい、ただちゃん泣かすなよ!」


「え! 俺のせい?!」


「全くもう。ホラ、コレで涙拭きなよ」


 奥さんにハンカチを手渡され、勤はそれで顔を隠すようにしながら涙を拭く。

 しかし、涙は溢れて止まらない。


「ぼ、僕は……今まで、友人と呼べる人が……ただの一人もいなかった。だから、誰にもこんな相談できなくて……でも、こんなに親身になって忠志や店主さん、そして奥さんが……話を聞いてくれて………」


 今までの勤の人生は一人きりの時間が多かった。

 親の言う通りに勉強し仕事をし、結婚相手も親が選んだ人で、勤は友人や恋人といったプライベートな人間関係を一切知らなかった。

 しかし、今日勤は初めて、それらの関係を知ることが出来た。

 一緒に笑って遊べる友人。

 悩みを聞いてくれる良き理解者。

 そんな心優しい人々に出会えたことが、勤はうれしかった。

 

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