209話




「イテテ……なんで俺が殴られなきゃいけないんだ……」


「ウフフ、仲がよろしくて羨ましいですわ」


 誠実は美奈穂達と別れ、席に戻ってきていた。

 花火はまだ上がらない様子だが、誠実と栞は席に戻って飲み物を飲んでいた。


「私は姉妹が居ませんから、なんだか羨ましいです」


「そうですか? 色々面倒な事もありますよ?」


 誠実は栞にそう言いながら、ラムネを飲む。

 少しして、アナウンスが鳴り、再び花火が上がり始めた。

 誠実と栞は再び夜空を見上げる。

 無数の花火が夜空に打ち上がり、誠実は再びそんな無数の花火に視線を奪われる。

 そんな誠実を栞はジッと見つめていた。

 

「………」


「先輩! 凄いですね!!」


 そう言って無邪気に笑う誠実に、栞は何も言わずに笑みを浮かべる。

 先ほども柄にもなく、美奈穂にあんなことを言ってしまった。

 いままで栞は、一人の男性にここまで心を奪われた事の無かった栞にとって、誠実の存在は大きかった。

 好きな人が居ると言うだけで、世界が輝いているようだった。

 そんな人の隣に自分が居ることが出来るというだけで、栞はうれしかった。

 だからこそ、栞は美奈穂にあんなことを言ってしまった。


「………大人げなかったわね……」


 先ほどの美奈穂との会話を思い出し、栞はそんなことを思う。

 




「いやぁ~凄かったですねぇ~」


「喜んで貰って良かったです」


 花火が終わり、誠実と栞は帰宅をするために迎えの車が来る場所に向かっていた。

 帰宅する人々の中を誠実と栞は手を繋いで歩く。

 誠実から手を引かれ、栞は頬を赤く染めながら人混みを歩く。

 

「あの……」


「え……」


 栞は歩く誠実の手を引っ張り、誠実の歩みを止める。

 誠実は栞の方を向き、足を止める。

 人の流れは止まらず、その中の誠実と栞だけがその場に立ち止まる。

 栞は頬を更に赤く染め、優しい笑顔で誠実に言う。


「誠実君……私、貴方が好きみたいです」


「………え」


 その瞬間、誠実は周りの音がかき消えるような、そんな感覚を覚えた。

 まるで誠実と栞以外の人間が声を失ったような、そんな奇妙な感覚だった。

 そして、少しして誠実は自分の頬が段々熱くなり、心臓の音が大きくなるのを感じる。


「え……あ、あの……それはどう言う意味で……」


 誠実が言いかけた瞬間、いきなり誰かに押され誠実は自分の意思とは反対に前の方に押されてしまった。


「え? あ! せ、先輩!!」


 栞と誠実の距離は見る見るうちに開いて行く。

 栞も人混みに押されて、誠実と離れてしまう。

 

「せ、誠実君?!」


 そして二人は離ればなれになってしまった。

 誠実は少し離れたところで、人混みから脱出し歩道の方に避難する。


「や、やばいな……先輩と離れちまった……」


 誠実は先ほど栞に言われた事を思い出しながら、頬を赤らめ、どうするかを考える。

 美少女の栞の事だ、何か厄介な事に巻き込まれて居ないとも言えない。

 誠実は直ぐに栞に電話を掛ける。

 しかし……。


「あ……充電……無い」


 誠実は自分のスマホを確認し、充電残量が無くなり、画面が真っ暗になるのを見て絶望する。

 そんな誠実の肩を誰かがポンポンと二回叩いた。


「はい?」


「あ……やっぱり」


「え? あ……え!? や、山瀬さん……」


「こ、こんばんわ……」


 誠実の肩を叩いたのは浴衣姿の綺凜だった。

 




「どうしましょう……誠実君とはぐれてしまいましたわ……」


 誠実と離れた栞は、誠実に電話が繋がらず少し焦ってしまう。

 そんな栞はとりあえず、義雄に電話を掛けて事情を説明する。

 

「はい……そういうわけでして……」


『何ですと!? あの小童ぁ~……お嬢様になんというご迷惑ぉぉぉ!!』


「そういう訳で少し遅れてしまいますが……」


『あの小童ぁぁぁ!! 私は許しませんぞぉぉぉぉ!!』


「……聞いていませんわね」


 栞はそう言って電話を切ると、人混みの中を誠実を探すために見て回る。


「スマホの充電切れでしょうか……」


 栞は小走りになりながら、誠実を探す。

 

「どこに行ってしまったんでしょう……」


「きゃっ!」


「あぁ、申し訳ございま……あら、貴方は……」


「栞先輩!?」


 栞は道の角で誰かとぶつかってしまった。

 慌てて謝罪する栞だが、栞はその人物に見覚えがあった。


「美沙さん、貴方もお祭りに?」


「そういう先輩もですか? まさか一人なんて事は……」


「えぇ、せい……いえ、連れの方とはぐれてしまいまして……」


 栞は誠実と一緒に来ている事を咄嗟に隠してしまった。

 ライバルである美沙には、何となく言いたくなかった。

 




 誠実は綺凜に声を掛けられ、今は二人でいた。

 苦しくも、二人のスマホの充電が切れており、二人とも連絡を取れなくなっていた。


「それじゃあ、山瀬さんは美沙と祭りに?」


「えぇ、でも美沙ったらどんどん先に行っちゃって」


「あぁ……なんか美沙らしいね」


 二人は人気の少ない公園のベンチに座りながら話しをしていた。

 お互いになんとか一緒に来た相手と合流したいと考えていたが、生憎連絡手段が無い。

 辺りには公衆電話も無いので、二人はとりあえず元来た道を戻りながら、美沙と栞を探す事になった。

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