119話



「じゃあ、今日の日程は終了です、お疲れ様でした~」


 夕方の5時に、本日の撮影スケジュールは終わりを告げた。

 誠実も一日働きもうクタクタだった。


「はぁ……疲れた」


「何疲れてるのよ」


 ホテルのロビーで椅子に座ってぐだぐだしている誠実に、私服に着替えた美奈穂が声を掛ける。

 先ほどまで、モデル仲間の子達と仲良く話しをしていたので、誠実は一人ホテルのロビーで疲れを取って居たのだ。


「なかなか肉体労働だったぜ……」


「情けないわね、早くご飯食べにいくわよ」


「へいへい」


 晩飯は、ホテルのラウンジで取ることになっており、バイキング形式になっていた。


「俺に気を使わなくても、友達と食って来て良いんだぞ?」


「ま、おにぃだけ一人寂しくってのも可愛そうだから」


「それはどうも」


 美奈穂と誠実は、兄妹そろってホテルのラウンジに行き、席を確保する。


「あら、奇遇ね貴方達も今からディナー?」


「中村さん達も夕飯ですか?」


 近くの席に陣取っていた、中村とその他のスタッフの方々に誠実は尋ねる。

 美奈穂は食事を取りに行って、席には誠実一人だった。


「どうだった、今日は?」


「いろいろ新鮮でしたよ、なかなか出来ない体験をさせていただきました」


「彼、なかなか良く働いてくれましたよ」


「そうですね、気が利くし器用になんでもしてくれて」


「いや、そ…そんな大したもんでは……」


 スタッフの方々から、褒められ誠実は照れる。

 明日も期待していると口々に言われ、誠実も食事を取りに行こうとしたところで美奈穂が帰ってきた。


「結構取ってきたのな……」


「そう? 普通でしょ?」


「いや、確かに飯は普通だけど、デザートがその倍はあんだろうが……」


「デザートは別腹なのよ、それよりもアンタも取って来たら?」


「あ、そうだな」


 誠実は席を立ち、料理を取りに向かった。


「えっと……どれにするかなぁ~」


 皿を片手に、一人悩んでいると後ろから声が聞こえて来た。


「そのお肉美味しかったわよ」


「え……あ、恵理さん」


「こんばんわ、誠実君」


 振り返ると、そこには私服姿の恵理が誠実と同じく、皿を持って立っていた。

 にこやかな笑顔を浮かべる彼女に、誠実の頬も自然と緩む。


「恵理さんも食事ですか?」


「えぇ、誠実君も?」


「はい、妹と一緒に。恵理さんは?」


「私はスタッフの方と一緒よ、ちょっと息苦しいのよ……良かったらご一緒しても良いかしら?」


「それは良いですけど、良いんですか? スタッフさんとの付き合いとかあるんじゃ……」


「良いのよ、随分年の離れた人ばかりだし、それに誠実君とお話したいし」


「そ、そうですか、お、俺なんかでよろしければ話し相手位いくらでも」


「ウフフ、ありがとう。それじゃあ、そっちのテーブルにお邪魔させてもらうわね」


 恵理はそう言って、誠実の元を後にし一旦自分の席に戻って行く。

 誠実は、このことを美奈穂に伝える為に、料理を取ることなく、再び席に戻る。


「え? 恵理さんが……」


「あぁ、そうなんだよ、別に良いだろ?」


 事の経緯を話し、誠実は美奈穂に許可を取る。

 美奈穂はどこかつまらなさそうな顔で、誠実に答える。


「ま、良いんじゃない……おにぃ昼間も仲良さそうにしてたもんね」


「お前は話したことあるのか?」


「少しね、あんまり撮影一緒になったことないし」


「そうなのか? しかし……綺麗な人だよなぁ~」


 誠実が恵理の事を思い出し、顔をにやつかせると、美奈穂は眉間にシワを寄せて、イラッとしながら嫌みっぽく誠実にいう。


「なに? おにぃって年上趣味なの?」


「そういう訳じゃないんだが……やっぱりモデルするだけあって綺麗な人だと思ってさ!」


「あっそ……」


 自分以外の女性の事を綺麗と言う誠実に、美奈穂は悲しげな表情で顔をそらした。

 そんな事をしていると、噂の本人である恵理がやってきた。


「ごめんなさいね、兄妹みずいらずを邪魔しちゃって」


「いえいえ、こいつとは部屋も一緒なんで、誰か間に入ってくれたほうが話題がつきないですよ」


「ありがとう、美奈穂ちゃん久しぶりね」


「恵理さん、お久しぶりです。大学決まって以来ですか?」


「そうね、私の合格が決まって直ぐの撮影で一緒だったわよね? たしかそれ以来ね」


 業界の話しで盛り上がる二人を見て、誠実は今のうちに料理を取ってこようと、再び席を立って料理を取りに行く。


「美奈穂ちゃんのお兄さん、いい人だね」


「そうですか? ただのスケベですよ」


「ウフフ、男の子はちょっとエッチな位が丁度良いのよ? 私もあんなおにぃさん欲しかったなぁ~」


「? 恵理さんからしたら弟では?」


「そうね、でも…妹の事を可愛いって行ってくれるお兄さんの方が、私は良いな……」


「え? どういう……」


 恵理の言葉の意味が理解出来ず、美奈穂は聞き返す。

 すると恵理は、微笑みながら話し始めた。


「今日、彼に何回か話し相手になってもらってたんだけど……誠実君が度々言うのよ」


「なんてですか?」


 すると恵理は、美奈穂に手招きをする。

 近づいてきた美奈穂に、恵理は耳打ちをする。


「やっぱり美奈穂が一番可愛いって」


「………」


 美奈穂は自分の顔がどんどん熱くなり、赤くなるのを感じる。

 先ほどの誠実が恵理の事を褒めたのを忘れてしまうほど、美奈穂はうれしかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る