第40話

 なんだかんだ、あったが誠実はシャワーを浴びて、再び部屋に戻りベッドに寝転がる。

 色々あって、少しは気を紛らわすことが出来た誠実だったが、ショックなのに変わりはない。

 誠実自身は、自分の好意が開いてに利用されるなど思ってもみなかった。

 綺凛はそんなことをするような人間じゃないと信じていた。

 しかし、今回の事で誠実はよくわかった。


「女って……怖いな……」


 そう思い始める、誠実はこれからの事に頭を悩ませる。

 まずは沙耶香の事どうすべきかだった。

 今日の綺凛の話を聞いて、誠実は女性の好意というものに疑問を抱き始めていた。

 大好きだった相手に裏切られ、自分の好意を利用された。

 沙耶香もそうなんじゃないか?

 そんな事を考える誠実だったが、それは沙耶香に失礼だと、考えを改める。


「いいや……もう、なんかどうでも……」


 考えるのも嫌になり、誠実はそのまま目を瞑り眠ろうとするのだが……。


「眠れん……」


 一回寝てしまったからか、なんだか全く眠くない誠実。

 部屋を暗くし、目をつむっていれば、眠れると思い、誠実はそのままじっとしている。

 すると、部屋のドアが静かに開いた。

 誰かが、部屋に入って来た様子だった。


(誰だ? 母さんか?)


 最初は母親が、洗濯物でも置きに来たのかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい、よく考えてみれば、母が部屋に入ってくるときは、必ずノックをする。

 じゃあ、誰が?

 そんなことを考えながら、目をつむって寝たふりを続ける誠実。

 今は誰ともあまり話したくなかった。


「おにぃ……」


(え! な、なんで美奈穂が……)


 目をつむっているので、姿を見ることはできなかったが、声から美奈穂だという事がわかった。

 しかし、美奈穂が一体自分になんの用なのだろう?

 考えても何もわからず、誠実はそのまま寝たふりを続ける。


「ん……」


 なんだか、良い匂いがすると思ったら、甘い吐息も聞こえてくる。

 美奈穂は一体何をしているんだ?

 不思議に思いながらも、さっさと出て行かないものかと誠実は寝たふりを続ける。


「……フフ、あの2人はおにぃのこんな顔を見れないよね?」


 一方の美奈穂は、満足そうな笑みを浮かべながら、寝たふりをする誠実の姿をベッドの脇で見続ける。

 実は今日が初めてのことではない、誠実が寝たのを見計らって、美奈穂は何回かこのように兄の寝顔を見に来ている。


「……私の気持ちなんか、気が付いても居ないんだろうなぁ……今日なんか全部見たくせに……」


 誠実は美奈穂が何を言っているのか、皆目見当もつかなかったが、今日というのが先ほどの洗面所の出来事だという事が良く分かった。

 確かに見たが、誠実はチラッとしか見ておらず、しかも美奈穂は持っていたタオルですぐに体を隠していた。

 全部は見てない、そう思いながら、美奈穂にさっさと出ていけと念を送る誠実。


「そろそろ行こ……お休み、おにぃ……」


 (はぁ~、やっと戻るのか……)


 そう思い、安心した誠実だったが、次の瞬間頬に何やら柔らかい感触が伝わってくるのを感じた。

 一体美奈穂は何をしたのだろう?

 そう不思議に思いながらも、寝たふりを続ける誠実は美奈穂に尋ねることなどできる訳もなく、そのまま美奈穂が部屋を出るまで待った。


「な、なんだったんだ?」


 美奈穂が部屋を出た後、誠実は目を開け、最後に柔らかい何かが当たった、頬を撫でる。


(あいつ一体何を?)


 美奈穂の良くわからない行動に疑問を抱く誠実。

 一方で美奈穂は、部屋に戻りベッドの上でゴロゴロと悶えながら、顔を真っ赤にさせて、満足そうな顔をしていた。


「ウフフ、今日は良い日だな~」


 先ほどまで兄の部屋で、寝顔を堪能し、最後には頬にキスをしたことを思い出すと、自然と頬が緩む美奈穂。

 いつものキリっとした態度からは想像ができないほど、その表情は緩み切っていた。


「お風呂におにぃが来たときはびっくりしたけど……まぁ、見られて困ることは無いようにしてるし、恥ずかしかったけど、まぁ良いや。おにぃのテレ顔も可愛かったし」


 上機嫌な美奈穂だが、上機嫌なままでもいられない事態がやってきてしまったことを思い出す美奈穂。

 自分の意中の相手、すなわち兄の誠実に女の影が多数存在する。

 その事実を美奈穂は知り、焦りを感じていた。

 確かに、一緒にいる時間は長いかもしれない、しかし美奈穂と誠実は兄弟である。

 一番大きなハンデを背負っている美奈穂は、何とか他のライバルと差をつけたいと思っていた。


「大体、今日だっておにぃと放課後デートしたかったのに……」


 そんな計画もライバルの出現で、無くなってしまい、しかも沙耶香に誠実が告白されていたという事実まで知ってしまった美奈穂。

 最近好意を持っていた相手に振られたと知り、チャンスと思い距離を縮め始めた美奈穂だったが、安心したのもつかの間だった。


「ぜったいおにぃは渡さない……」


 頬を膨らませながら、机の上の兄と自分の中学時代の写真を見る。

 わかっている、兄弟で恋愛なんておかしいこと。

 わかっている、結局は報われないことも。

 でも美奈穂はこんなところは兄と似ていた。


「好きなんだからしょうがないじゃん……」


 美奈穂も誠実と同じで、好きな相手はとことん好きという、一途な恋をする性格だった。


「土曜日、何着て行こうかな?」


 土曜日の話もただ、誠実と二人でどこかに出かけたかっただけの嘘だった。

 買い物して、そのあと映画を見て、お昼を食べて、なんて計画を頭の中で考える美奈穂。

 そんな楽しい事を考えていると、美奈穂のスマホが鳴った。


「何よ、こんな時間に」


 そういって、美奈穂がスマホを確認すると、次の撮影の日時と現場の連絡だった。

 しかし、その日時が問題だった。


「……土曜日、13時……」


 美奈穂はすぐさま、連絡してきたマネージャーにこう連絡を返した。


『用事あり、絶対にいけない。休む』


 打ち終えると、美奈穂はスマホを机の上の充電器に挿して、そのまま寝る支度を整え、ベッドに横になる。


「土曜日楽しみだな」


 美奈穂は頬を緩ませながら、土曜日の事を考える。

 ファミレスでの電話の事も気になる美奈穂は、明日にでも聞いてみようと思い、そのまま深い眠りについた。

 

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