111話
「そう言うところかな?」
「……そうなんだ」
誠実が自分の為に色々としていた事は知っていた。
その一部を聞き綺凜の中で、更に誠実に対する罪悪感が増していく。
「正直言うとさ……私は山瀬さんがうらやましかったよ」
「え……」
「だって、私がどんなに誠実君を思っても彼は山瀬さんしか見てないんだもん……良いなぁって思ってた、なんで私じゃないんだろうって思った時もあった……」
こんなにも誠実を思っている人が居る。
綺凜は改めてそれを知り、自分のやってしまった事を反省する。
「ごめんね、こんな事山瀬さんに言っても仕方ないよね……やめよ、もう前とは違うんだし!」
前とは違う、その言葉の意味は前とは関係が違うと言いたいのだと、綺凜は直ぐに気がついた。
部屋に戻ろうとする沙耶香に、綺凜は聞く。
「私は……これからどう彼と接すれば良いのかな……」
「……普通に接すればいいと思うよ……でも、誠実君を傷つけるような事はしないで……それだけは許せない」
そう言う沙耶香の目は真っ直ぐで真剣だった。
なんで彼は彼女ではなく、自分を選んだのだろうか?
そんな事ばかり考えてしまう綺凜。
そして、そんな彼の事を真剣に思う沙耶香にだからこそ、綺凜は誓う。
「……約束するわ……もう彼を傷つけたりなんかしない……色々話さないといけないし、明日にでも話しをしてみるわ」
「うん……そうしてあげて……誠実君本当に綺凜の事が好きだから……」
好きみたいとか、好きだと思うのような曖昧な表現ではなく、好きだからと言われ綺凜は少しドキッとした。
廃工場で誠実が駿に言った台詞がフラッシュバックする。
どれだけ自分を思ってくれていたか、それを知り綺凜は自分がどれだけ彼の思いを踏みにじって居たかを知る。
二人はそのまま部屋に戻って行った。
*
翌日、誠実はベッドから起き上がり部屋を出た瞬間、妹から絡まれていた。
「あ……あの……何かご用でしょうか?」
「海、行きたいの?」
自宅の廊下で、兄に壁ドンする妹が若干男前に見える誠実。
朝かからこの妹は何を考えて居るのだろうか?
そんな事を考えながら、美奈穂の問いに答える。
「海? あぁ、友達と行こうかって話しになっててさ、もしかしたら行くかもしれないな」
「友達? それって古沢さんとか武田さん?」
「まぁ、そんなとこだな……後は他に数人かな?」
「オス? メス?」
「そう言う聞き方はおにぃちゃんどうかと思います」
「で、どっち?」
「まぁ、女子も居るな、それがどうした?」
「あっそ……」
急につまらなそうな表情で誠実に言う美奈穂。
そんな美奈穂を見て、誠実は何を勘違いしたのか、こんなことを言う。
「まぁ、お前も友達と行ってこいよ! それに夏は恋の季節だろ? 受験も大事だが、最後の中学校生活でだな……」
「うっさい!」
「ぐあっ! そ……そこは……卑怯だ……」
股間を思いっきり足で蹴られ、誠実は廊下にうずくまる。
何かおかしな事を言っただろうかと、自分の発言を思い返す誠実だが、股間を蹴られる理由が全くわからない。
「馬鹿!」
美奈穂はそう言い残すと、自分の部屋に戻って行った。
そこに入れ替わりで、誠実の父である忠志が階段を上がってくる。
「息子よ、朝から何をしてる?」
「父よ……息子の息子がやられた……」
「は?」
忠志は不思議そうな顔で誠実を見る。
痛みが落ち着いた誠実は、朝食を済ませ着替えをして学校に向かう支度をし、家を出ようとする。
玄関にはもちろん、機嫌の悪いままの美奈穂が待機していた。
「おい、俺さっきなんか変な事言ったか?」
「自分で考えれば」
家を出て歩きながら聞いても、機嫌の悪いままの美奈穂、誠実は妹の感情の変化がわからず、頭を悩ませる。
しかし、頭を悩ませても答えがわからず、誠実は計画を変更し他の話題にもっていき、機嫌を直す作戦に変更する。
「そ、そういえば俺の財布が最近ピンチなんだよなぁ~」
「あっそ」
「バイトでもしてみようと思うんだが、何が良いのかなぁ~? ほら夏休みの短期バイトとか募集してるけど、正直何が良いとかわかんねーじゃん?」
その話題を待ってましたと言わんばかりに、美奈穂は話題に食いついた。
「なに? バイト探してるの?」
「あ、あぁ! 正直お前みたいに給料もらってる訳じゃないし、小遣いだけじゃやってけなくてな」
誠実がそう言うと、美奈穂はニヤリと口元を歪ませ、誠実に言う。
「あるよ、高給で良いバイト」
「マジか! 紹介してくれよ!」
「えぇ、いいわよ。おにぃのお願いだし」
そう言って笑みを浮かべる美奈穂になぜか誠実は恐怖を感じた。
美奈穂が自分の為に何の見返りも無くそんな事をするだろうか?
そう考えると少し不安になってしまう。
「ち、ちなみにどんな仕事?」
少し心配になり誠実は尋ねる。
すると美奈穂はニコッと笑って誠実に言う。
「ひ・み・つ」
誠実の恐怖心は更に増した。
*
学校に着き誠実は授業を受けていた。
授業と言っても、その日はテストの返却と解説が授業の主な内容なので、そこまで大変ではない。
しかし、テストの返却には生徒全員が憂鬱な気分でいた。
「まぁ……こんなもんか」
数学のテストを返され、誠実はその点数に納得する。
今回は寸前で詰め込んだ為、前のテストから点数は下がってしまったが、赤点ではないので安心する。
「誠実」
「お、健はどうだった?」
「あぁ、赤点は免れた、誠実は?」
「俺もだ……問題は武司だが……」
「俺を呼んだか!」
「「来たよ……」」
「なんだよ! その残念そうな視線は!」
武司の様子から、誠実と健は大体の予想はついていた。
上機嫌な様子から、きっと目標の点数が取れたのだろうと予想する誠実と健。
しかし、点数も気になるので一応聞く。
「で、おまえは何点だったんだ?」
「ふ! 見て驚け! 72点だ!」
「ダメじゃねーか!!」
胸を張って答案用紙を見せてくる武司に、誠実は大声でツッコミを入れる。
武司は今回のテストで全教科80点以上を取ると豪語していた。
最初の段階で、もう点数に届いていない。
「考えても見ろよ! あの俺が70点台だぞ! すごくね?」
「確かにすげーけど、お前確か全教科80点以上取るって言ってただろ?」
「あぁ……それなんだけど……俺ってなんで80点以上取るなんて言ったんだっけ?」
「「知るか!!」」
思わず健も声を出してツッコミを入れてしまうほど、武司の発言はアホらしかった。
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