110話

 笑顔でいう美沙に誠実は顔を引きつらせながら、離れようとする。

 しかし、美沙の手がそんな誠実を止める。


「話してくれないか? そろそろ戻らないと武司が寂しがる」


「そんな人じゃないでしょ? まぁ、確かにわかるよ、今この状況で沙耶香が来たら大変だもんね、一気に空気が冷たくなるよ」


「わかってるなら手を離せ、俺は戻る」


「なら、もう一個だけ……綺凜も居るよ」


「え……」


 美沙の言葉に、誠実は動きを止め、美沙の方に向き直り固まる。

 なんでそんなカオスな状況になっているのか、そこも気になったが、それ以上に誠実は綺凜が心配だった。


「……もう、大丈夫なのか?」


「うん、色々あって考えたみたい……誠実君に謝りたいって言ってた……」


「……そっか……」


 とりあえず元気が戻って一安心の誠実。

 そこで、この前ファミレスで駿に言われた言葉を思い出す。


(じっくりか……)


 誠実はとりあえず、綺凜と話しがしたいと思った。

 色々と言いたいことがあった。

 説明したいこともあった。

 そんな誠実の事を察したのか、美沙がつまらなそうな顔で、誠実に言う。


「……綺凜と話したい?」


「え……」


 美沙の提案に、誠実は再び美沙の顔を見る。

 美沙は苦笑いをしながら誠実を見ていた。


「……本当に好きなんだ……妬けちゃうな~」


 美沙はそんな事を言いながら、スマホを操作する。


「誠実君は……本当にあきらめがついたの?」


 美沙は複雑そうな表情で誠実に尋ねる。

 そんな美沙に、誠実は自分の考えを伝える。


「俺はもう諦めたよ……それに、俺わかったんだよ」


「何が?」


「きっと俺は、あの人の笑顔に惚れたんだって……でも、あの人にとって、俺は恋愛の対象にはならないみたいだ……だから、俺は今度は友人としてあの人に幸せになってほしいんだ!」


 にこやかに美沙にそう告げる誠実。

 綺凜を笑顔にする方法は、何も恋人になるだけではないと悟った誠実。

 自分勝手かもしれないが、今度はちゃんと友人として関係を築き、彼女の幸せを願いたいと思っていた。


「……そっか……じゃあ、今の誠実君の目標は綺凜と友達になること?」


「おう、でも……俺って言っちゃえば、あの人につきまとってた人間だからさ……」


「それをストーカーって言うんだよ?」


「わかってるわ! ハッキリ言うな!」


「……うん、わかった……じゃあ、明日でもあって見てよ、きっと綺凜も会って話さなきゃって思ってると思うから」


「あぁ……」


「じゃ、私はもういくから…ばいば~い」


 そう言って美沙は誠実の前から去って言った。

 流石の美沙も振られた女と現在言い寄られて居る女が同じ場所に居るところに、誠実を連れていくような真似はしない。

 部屋に戻る最中、美沙は先ほどの誠実の話しを聞いて思う。


「……誠実君……まだ好きじゃん」


 そんな事をつぶやきながら、美沙は自分の部屋に戻っていく。

 一方の誠実は部屋に戻ると武司と健に言う。


「大変だ……」


「「突然どうした?」」


 部屋に帰ってくるなり、そんな事を言う誠実に、健と武司は首をかしげて二人同時に聞く。

「実はだな……」


 誠実は先ほど美沙に会った事などを二人に話す。

 すると二人は、マイクを置き帰り支度を済ませて誠実に言う。


「「ややこしくなる前に帰るぞ!」」


「おう」


 誠実達はそう言ってカラオケ店を後にする。

 別に、誠実達は美沙や沙耶香が居るから、カラオケ店を去る分けではない、それ以上に恐ろしい存在がこの店に居る事を知ってしまったから早急にカラオケ店を後にしたのだ。

 その人物とは……。


「「「料理部の4人が居るのはマジでまずい!!」」」


 料理部は噂好きな上に、色恋の話しとなると本人達を放って勝手に話しを飛躍させ、勝手に盛り上がる。

 それを知っている誠実達は話題のネタにされない為にその場を後にした。


「はぁ……あいつら勝手に騒ぐからな……」


「あぁ、悪い奴らではないのだが……」


「そんな料理部と美沙と山瀬さんだぞ? 見つかったらどうなるか……」


「主に誠実が死ぬな」


「怖いこと言うなよ武司!」


 そんな理由から、誠実達は店を後にした。





 誠実達が店を出た頃、カラオケ店の女子トイレで沙耶香はため息をついて鏡を見つめていた。


「はぁ~、美沙って可愛いなぁ……」


 別にレズに目覚めたとかそう言う分けではない。

 ただ単に、ライバルの女の子が普通に可愛い子だったので、ショックだったのだ。

 自分はあの子に勝てるのだろうか?

 そんな事ばかり考えてしまい、カラオケどころではない。

 鏡に写る自分を見ながらため息を吐いていると、女子トイレに誰かが入ってきた。


「あ……沙耶香さん?」


「……綺凜……さん」


 互いに名前呼びを許したと言っても、慣れるまではやはり時間が掛かる。

 お互いに気まずい中、最初に口を開いたのは綺凜だった。


「皆歌上手だよね、びっくりしたわ」


「そ、そうだね……志保なんか100点出したことあるんだよ」


「そうなんだ、上手だもんね……」


 互いに気まずい雰囲気の中、二人はどうにかこうにか会話をしようと努力する。

 そんな中、綺凜は覚悟を決め、ある質問をする。


「……沙耶香は……伊敷君のどんなところが好きなの?」


「え……」


「ごめんなさい、私が聞くと上から目線みたいになってしまうけど……単純に知りたいの……」


 綺凜の質問に、沙耶香は質問の答えを考える。


「私は……多分、綺凜が好きな誠実君だから好きになったんだとおもう」


「……そうなんだ」


「うん……」


 沙耶香が勢いに任せて告白擬きの行動をしてしまった時、綺凜は陰で聞いてしまっていたので知っている。

 それでも、綺凜は本人からちゃんと聞いて見たかった。


「知ってる? 伊敷君って、山瀬さんに美味しい料理を食べてもらう為に料理部に入って料理の勉強始めたんだよ?」


「え……そうだったの?」


「あ、やっぱり知らなかったんだ、一時期山瀬さんが料理の出来る男が好きって言われてるのを知って、誠実君が料理部に習いに来たんだよ?」


 そんな話しを綺凜は知らなかった。

 確かに女子生徒だらけの料理部に在籍していた事がると知った時、綺凜は不自然に思った。 しかし、部活は人それぞれだろうと思い、あまり気にしなかったが、まさか自分の為だとは思わなかった。

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