112話
「いや、なんか途中から目的が良くわからなくなって来てなぁ……まぁ赤点じゃないし、良かった良かった!」
「それでいいのかよ……」
呆れ果てた様子の誠実と健に対して武司は上機嫌だった。
続く現代文、世界史、物理も三人とも赤点を回避する事に成功する。
そしてあっと言う間に放課後になった。
「いやぁ~、今回のテスト返却は楽しいなぁ~」
「ま、あれだけ勉強してたんだし、当たり前だろ」
相変わらず上機嫌の武司に誠実と健はやれやれと言った様子でつきあっていた。
「まぁ、テストもそうだが、新聞部の事もあるだろ?」
「はっ! テストの事で一杯で半分忘れてた……」
「あの吉田とか言う先輩に今後の事を聞きにいこう」
誠実達は新聞部改め、新聞愛好会のある部室に向かった。
一体何をさせられるのだろうと、内心三人はドキドキしていた。
「や! 誠実君今帰り?」
「げ、美沙……」
「げってなによ! げって!」
緊張した三人の前にどこから共無く美沙が現れる。
一体何の用であろうかと、誠実は疑問に思ったが、昨日のカラオケでの出来事を思い出し、更にドキドキし始める。
そんな誠実の心境を察してか、美沙も真面目な雰囲気で誠実に柔らかい笑顔を向けて話し始める。
「綺凜、あの四階の空き教室で待ってるって」
「……あぁ。悪い、武司と健は先に行っててくれないか?」
何事かと不思議に思う健と武司だったが、誠実と美沙の雰囲気から状況を察し、言うとおりに先に新聞部の部室に向かう。
「じゃ、俺もいくわ……ありがとな、きっかけくれて」
「別に良いよ、これで誠実君に対する私の評価も上がった事だしね!」
「あぁ、ハンガーの次くらいには好きになれそうだ」
「それって一体何のランキング?! そうとう順位下だよね!」
軽くボケながら、誠実は四階の空き教室に向かって歩みを進め始める。
*
私、山瀬綺凜は今現在凄く緊張していた。
今から色々な事を彼に謝らなければいけないからだ。
私は嫌な女だ。
守ってもらって居たのに、それに気がつかず、彼を罵倒した。
それでも彼は、私の為にボロボロになって戦った。
なんでそこまでしてくれるのだろう、なんでそこまで心配してくれるのだろう、考えても考えても、私の知っている彼は私にこう言ってくる。
「好きだから」
たったそれだけの理由で、彼は自分さえも犠牲にしようとした。
そんな彼に、私は謝るだけで良いのだろうか?
そんな彼に、何かしてあげられないのだろうか?
色々考えたが、答えは出ない。
付き合ってあげれば良いじゃん、なんてことを第三者なら言うのだろうが、それは彼に対して失礼な気がした。
真剣に私の事を思ってくれているからこそ、そんな仕方なく付き合うみたいな感じの事は嫌だと思った。
「……遅いわね」
美沙が彼を呼んできてくれるらしく、私は彼と一番思い出深いこの四階の空き教室を選んだ。
この教室は普段は使われていないうえに、四階という放課後には全く人の来ない階にあり、ちょっとした告白スポットだった。
そんな事を考えていると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「来た……」
私は深呼吸をし、椅子から立ち上がって彼を待った。
彼のシルエットらしき黒い影が、教室のドアの前で止まる。
そしてその影は言う。
「や、やましぇさん!」
「……」
……噛んだ。
私はそう思いながら、必死で笑うのをこらえ答える。
「は……はい」
答えると、彼は教室のドアを開けて中に入って来た。
夕日のせいなのか、それとも先ほど噛んだのが恥ずかしいのか、彼の顔は真っ赤だった。
そんな彼のお茶目な失敗で、私の緊張はわずかにほぐれた。
そして私は、深呼吸をして彼にまずは謝罪する。
「「ごめんなさい」」
「「え?」」
ほぼ同時に二人で謝ってしまった。
なぜ彼が謝るのか、私は不思議だった。
彼は私に対して謝るような事はしていない、むしろ私を罵倒しても良いくらいだ。
そんな事を考えていると、彼の方が理由を説明してくる。
「い、いや……俺のせいでその……駿と…」
「あ……」
彼がなぜ謝ったのか、私は理解した。
彼は自分のせいで、駿の悪事を暴き、私を傷つけてしまったと思っているのであろう。
どこまで彼は優しいのだろう、そう思うと彼がモテる理由がわかる気がした。
「貴方は全く悪くないわ……悪いのは全部私……貴方を巻き込んで……貴方を傷つけてしまった」
言葉にするたび、私は目頭が熱くなるのを感じた。
彼がいい人過ぎるのが、余計に自分の罪悪感をかき立てる。
本当に申し訳無かった。
こんなに良い人を私は利用してしまった。
どうやったら許してもらえるだろう、どうやったら償えるだろうと考えるが、私にはわからなかった。
「い、いや! 大丈夫だって! 俺ってメンタル強いし! それに……俺も自分勝手に暴れただけだから……」
「自分……勝手に?」
「うん……ただ、俺が山瀬さんに悲しんで欲しく無くて、勝手に喧嘩して勝手にボロボロになっただけ……ほらね、ただの俺の自己満足」
「なんで……私の為に……」
私はこの質問をするべきではないと思った。
そんなの私が良く知っているし、彼は私に何度も言っていたからだ。
彼は、私の言葉に笑顔でこう返す。
「好きだからね、山瀬さんのこと」
そう言う彼の雰囲気が、いつもと違い、私は少しドキドキした。
「あ! でも大丈夫! もう諦めたから!!」
「え?」
「俺はもう山瀬さんに告白しない!」
いきなりの彼の宣言に、私はどこか寂しさを感じてしまった。
もう彼から告白されない、それは彼との接点が無くなってしまうと言うこと。
あんな事をした立場で、こんな事を言うのもなんだったが、私はすこし寂しかった。
彼のあの何度も諦めずに私に告白する姿が、私はどうやら嫌いではなかったらしい。
あの姿に……いや、あの笑顔に、私は何度か勇気をもらった。
「そ、そっか……ごめんなさい、貴方の気持ちに答えられなくて」
私は悲しげな表情で彼に言う。
しかし彼はなぜか笑顔だった。
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