第2話
*
山瀬綺凛は美人で有名だ。
長いストレートの黒髪に、すらっと細くて長い脚、おまけに顔立ちが良く、日本的な美人であり、薄化粧でもその美しさが良くわかる。
そんな彼女は、入学してから悩んでいることがあった。
「綺凛、おはよ、今日は朝から?」
「えぇ、そうよ。まったくいい加減にしてほしいわ」
「フーン、その割には毎回ちゃんといくんだ~」
「仕方無いでしょ、一応は毎回本気みたいなんだし……」
朝の雄介の告白を断った後、綺凛は自分の教室に向かい、クラスメイトの笹原美沙(ささはらみさ)と話をしていた。
「でもすごいよね~、今回で何回目?」
「98回よ。まったくいい加減諦めてくれないかしら…」
「おぉ、もうすぐで3桁だね。本当に彼って綺凛の事好きだね~」
「そ、そうね……」
顔を若干赤らめさせながら、綺凛は答える。
他人言われてしまうと、不思議と意識してしまい顔が熱くなる。
しかし、綺凛は誠実に対して一切の恋愛感情は無い。
「入学からずっとだっけ? 普通あきらめるよね~」
「知らないわよ、毎日毎日……鬱陶しいったらありゃしない……」
「まぁ、それもそうか……でも、あんたちゃんと考えて断ってるの?」
「え? そうに決まってるじゃない」
「フーン、なんだか私には、何も考えずに、ただ断ってるだけにしか見えないわよ」
言われた綺凛は少しムッとする。
別にただ流れ作業で断っている訳ではない、毎回何度も付き合えない理由を言っているし、最近はさっさと諦めるようにと、態度も冷たくしていた。
「そんな事無いわよ。私だってちゃんと考えて……」
「それってさ、彼の事も考えてる?」
「え? なんでよ?」
「だって、90回以上もアタックを続けてくるのよ? 流石に気にならないの? なんでそんなに自分が好きなのかとか、彼の事とか」
正直気にならない訳ではなかった。
しかし、彼にどんな理由があろうと、自分と彼が付き合えないという事実に変わりはないと思い、彼の事を知ろうとはしなかった。
それに、変に探りを入れて思わせぶりな感じを出すのもやめた方が良いと思ったからだ。
「まぁ、気にならない訳じゃないけど、知ったところで彼とはどっちにしろ付き合わないから……」
「はぁ~、そんなんだから彼は諦めないのよ」
予想外の返答に、綺凛は驚き、美沙に問いただす。
「なんでよ、ちゃんと私はしっかり理由を言って断って……」
「あんたの付き合え無い理由しか言わないからよ」
「え……」
「あんた、『貴方の顔がタイプじゃないので無理です』とか言ったことある?」
「な、ないわよ。そんな酷い断り方……」
「それよ! 多分あんたの事だから『今は勉強に集中したくて~』とか『貴方の事を知らないので』とか、そんな断り方しかしてないでしょ?」
言われて綺凛は気が付く。
確かに自分が毎回彼の告白を断る理由、それは美沙の言った通り、今までの告白を断った理由が、知らず知らずのうちに、相手の事ではなく、自分の都合で断っていたという事だ。
「た、たしかに……」
「それが彼に『ワンチャンある?』って思わせてんのよ!」
美沙の言葉が綺凛にグサッと突き刺さる。
確かに言う通りかもしれない、綺凛はそう思っていた。
毎回毎回、何度も何度も告白してくるのは、自分が知らず知らずのうちに、彼に希望を持たせていたから。
「そ、そうかもしれないわ……」
「だから、次に告白されたらガツンと言ってやればいいのよ! しつこくて気持ち悪いので無理ですって!」
「そ、それは失礼すぎじゃないかしら……」
流石に言い過ぎではないか? そう思う綺凛だったが、美沙は強気のまま綺凛に話を続ける。
「何言ってるの! こうでも言わないと、彼諦めないわよ!」
「そ、そうだけど……でも、流石にそこまで言うのは……」
「大丈夫よ、彼のメンタル強そうだし、もしかしたらこれだけ言っても、まだ告白してくるかもしれないわよ」
言われて綺凛は考える。
確かにそうかもしれない、90回以上も振られ続けているのに、まだ告白を続けてくるような人物だ、少しきつい事を言われても大丈夫かもしれない。
「……や、やってみるわ……」
「お! やる気になったね! じゃあ次に告白されたら、思いっきりキッツイ振り方してやりなさい! これはあんたと彼の為なんだからね」
「うん」
綺凛は美沙に言われ、次回の告白の返答を考え始める。
確かに、ここらへんで彼に諦めてもらわなければこの後もズルズルとこんな関係が続いてしまう。
ここらへんでしっかり諦めてもらおう、綺凛はそう考えていた。
*
誠実は今、自宅の帰り道だった。
あの後、健と武司と共にカラオケに行き、二時間歌い続けて声はガラガラだった。
「あぁ~、あいつら、先走って前夜祭しやがって……」
誠実は二人から、「最後の告白もどうせ振られるんだから…」といわれ、失恋パーティーの前夜祭に参加させられた。
おかしくなった声に違和感を覚えながら、誠実は帰りの道を歩いていた。
「やっぱ……無理なのかな……」
どんな時でも、綺凛の事を考えてしまう誠実。
明日告白して、駄目だったら、本当に諦める。そう自分で決め、明日の告白の仕方を考えながら、断られる事ばかり考えてしまう。
「はぁ……やっぱりシンプルに言って玉砕した方が良いか……」
健に言われた通り、やはりシンプルな告白が一番だと思い、自分の中で明日はシンプルに告白しようと心に決める誠実。
「良し! どっちにしても明日で最後!! 頑張るぞぉ!」
一人道の真ん中で拳を掲げて意気込む誠実。
周りに誰も居なかったのは良かったが、明らかに変な人と化していた。
「さてと、そうと決まれば、さっさと帰るか!」
誠実は再び自分の家への道のりを歩みだす。
丁度人通りが少なくなった道に出た事もあり、街灯も少なくなってきて周りが薄暗くなってきた。
あまり通らない道だが、カラオケから自宅に帰る道で一番近いのが、この通りを通る道のりなのだ。
「久しぶりに通るけど、やっぱ怖いな……」
そんな事を一人呟きながら、何か出たりしないだろうか? なんてことを考えて道を進む。
7月で日が高いと言っても、時刻は20時を過ぎている。
周りは暗いし、誠実以外は誰も通りを歩いていない」
「ホラー映画とかだと、ここらへんで女性の悲鳴とか聞こえてくるんだよな……」
「きゃぁぁぁあぁ!!」
「そうそう、こんな感じで……ってマジか!!!」
ホラー映画の事を考えながら歩いていると、本当に悲鳴が聞こえてきてビックリする誠実。
怖さもあったが、興味が先に出てきてしまい、声のした方の曲がり角に走って行く。
しかし、そこに居たのはお化けでも幽霊でも無かった。
「は、はなして!」
「ち! 大人しくしろ!」
曲がり角で誠実が見たのは、なんと綺凛が二人組の男に、無理矢理車に乗せられそうになっている姿だった。
助けなくては、そう思った時には誠実の体は動いていた。
「うぉぉぉ!!」
「ぐぁ!」
「な、なんだこいつ?!」
男たちに突進していく誠実。
綺凛の腕を掴んでいた、男の一人がよろけ、綺凛の自由を奪っていた男の腕が解かれる。
誠実は綺凛の腕を掴み、そのまま走り出す。
「行こう!!」
「え!」
そう言って誠実は綺凛を連れて、人通りの多い道を目指して走り出した。
綺凛も必死で誠実に続いて走り、数分で商店街に出た。
「はぁ……はぁ……ここまでくれば……」
「はぁ……はぁ……ムチャするわね……あんた……」
言われて誠実は綺凛に笑いかける。
綺凛はそんな誠実の様子を見て安心したのか、口元を僅かに緩ませてほほ笑む。
呼吸も整い、少し落ち着いたところで、二人は商店街から少し外れたところの公園で話をしていた。
「な、なにがあったんですか?」
好きな人と公園で二人きりと言う状況に緊張を覚える誠実。
そんな誠実を他所に、綺凛は話を進める。
「学校の帰りにあの道を通たら、無理矢理車に乗せられそうになったのよ……」
「そ、そうなんだ……でもよかった、無事で…」
「えぇ、まさか振り続けてる男に助けられるなんて思わなかったわ……ありがと」
綺凛の言葉に、誠実は自然と頬が緩むのを感じて、表情を戻そうとするが上手く行かず、何やら変な表情になってしまっていた。
「なに…その顔……」
「あ……そ、そんな事より、あんな事があった後だから、送って行くよ。家は何処?」
「………」
「あ、あの……」
親切心で言ったつもりだったのだが、綺凛は思いっきり警戒の視線を誠実に送りながら考え込む。
「あぁ、ごめんなさい、送ってくれる気持ちはありがたいのだけど……貴方に家を教えるのはちょっと……」
「で、ですよねぇ……」
言われて誠実は気が付く。
それもそうだ、誠実は綺凛にしつこく交際を迫っている男子生徒、警戒されてもしかたがない、誠実はそう思っていた。
しかし、あんな事があったのだ、彼女を一人で返すわけにも行かない。
誠実は何とか彼女が一人で帰らず、なおかつ安心できる方法を探る。
「良し! じゃあこうしよう!」
「え?」
誠実はスマホを取り出し、誰かに電話をしだす。
綺凛は誠実が何をしているのか、不思議で仕方が無かった。
「あ、もしもし。お前ら今どこいる? おぉ! じゃあ直ぐに来てくれ! ちょっと大変でな……場所は……」
誠実が電話をして数分後、電話の相手が公園にやってきた。
やってきたのは、先ほどまで誠実と共にカラオケで歌を歌っていた、健と武司だった。
二人は状況がわからず、ポカンとしながら誠実に声を揃えて尋ねる。
「「振られたのか?」」
「現状を聞けよ!」
二人の言葉にツッコミを入れつつ、どうしてこのような事態になったのかの説明を始める。
「……なるほどな、それで俺達に山瀬さんを送って行ってほしいってわけか……」
「まぁ、確かに誠実は半分山瀬さんのストーカーみたいなもんだしな……」
「おい武司! ちょっと黙れ」
「まぁ、俺達は良いが、山瀬さんもそれで大丈夫?」
「はい、お二人なら……」
綺凛の一言に誠実は心を抉られつつも笑顔で話を続ける。
「じゃ、じゃあ俺はこれで、二人とも悪いけど頼んだよ……」
「おう、じゃあな……」
そう言ってっ誠実は一人、とぼとぼと家に帰って行く。
誠実は「まぁ、山瀬さんが無事だったし、良いか」と考えながら帰りの道を歩いて行く。
残された、綺凛、そして健と武司の空気は少し気まずかった。
友人を振った相手と共に、帰るなど不思議な気分になりながら、二人は山瀬を家まで送って行く。
「なぁ、こういう展開って普通さ、誠実と山瀬さんが一緒に帰って、そこから恋が始まるもんじゃないの? なんであいつ帰って、俺らが山瀬さん送ってんの?」
「あいつが90回以上も告白した後に、このイベントが起きたからだよ、山瀬さんの気持ちもわからなくもない……」
「まぁ、あれだけ告白を振り続けた相手に、まさかピンチを救われるなんて思わないからな……」
歩きながら、武司と健はコソコソ話をする。
その様子を見ていた綺凛も非常にこの状況は気まずかった。
「あ、あの……すいません、お忙しいところ」
「あぁ、良いよ。俺らも近くに居たし」
「そうそう! あいつの失恋パティ―の前夜祭を……」
「おいバカ!!」
武司はハッとして口を閉じる。
友人が振られた相手に「さっきまで失恋パーティーの前夜祭をしていたんですよ~」なんて言えば、気分を悪くしてしまうに決まっている。
武司と誠実は恐る恐る、綺凛の顔を見るが、綺凛は気にしていない様子だった。
それどころか、誠実の事を話し始めた。
「変な人ですよ……なんで私なんかの事を……」
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