270話

 栞は困惑していた。

 先輩の相談が恋愛相談だという事にももちろん驚いたのだが、その告白した相手と先輩の反応に更に驚いてしまった。


「もう私どうしたら良いかわからなくて……」


「すいません、私も分からないです」


(薄々思っていましたけれど……まさか田宮先輩にそっちの趣味が? いや、今はただ告白されて途惑っているだけです!)


「これが恋と言うものなのかしら?」


「恐らくですけど、全然別なものかと思います」


「でもあんなにゾクゾクしたことないのよ?」


「普通恋だったらドキドキすると思います」


「そのまま踏みつけるのをグッとこらえたわ」


「普通そんな感情にはなりません」


 あぁ、これは本物だと栞は思い始めた。

 これは下手なアドバイスをしたら大変なことになる。

 そう思った栞はまずその気持ちが恋では無いことを田宮先輩に理解させようとした。


「田宮先輩、その気持ちは恋とは違う気持ちです」


「そうなの?」


「はい、恋をすると……その……恋した相手の事しか考えられなくなって、授業中でもその人のことを考えてしまうようになって、たまに偶然会えたりすると舞い上がってしまう……そんな風になってしまうんです」


 栞は自分の実体験に基づいて田宮先輩に説明した。

 自分が誠実に感じている気持ちを誰かに説明するのは少し気恥ずかしかった栞だが、自分も恋をしたのは誠実が始めてであり、自分の体験を話すしか説明のしようがなかった。


「その人の事しか考えられなくなる……なるほど、それだと私のこの気持ちは確かに違うかもしれないわね」


「分かって貰えてよかったですわ」


「そうしたらこの感情は何なのかしら? 今もあの時のあの言葉が忘れられないの」


「何て言葉ですか?」


「踏んでください女王様って言われたあの言葉よ」


「あぁ……」


(田宮先輩、もしかして何かに目覚めちゃってるのかしら?)


 恋ではないと分かって貰えたが、今度は違う問題が発生し栞は再びどうするべきかを考える。

 人の性癖をどうこういうつもりは無い栞だがまだ自覚がないのであればアドバイスくらいはして良いでのはないかと思っていた。

 

「あの……先輩その感情は恐らく忘れていた方が良いと言いますか……」


「でも始めてなのよ、こんな気持ちになったの」


「そ、そうでしょうけど……」


 そりゃあ、女子に「踏んでください!」なんていう男子はそうそういない。

 居たとしてたら変態だ。


「会長を叩いてる時も少し楽しい気持ちにはなったけど、ここまでじゃなかったわ」


「楽しかったんですね……」


(なんか、会長を叱ってる時のイメージが変わってしまいますわ)


「私は一体どうすれば良いのかしら……教えて蓬清さん」


(私がそんなの知っているわけないですわ)


「え、えっと……そうですね……」


(もう私一人では無理ですわ! 応援を呼ばないと!!)


 栞はスマホを取り出し、とある友人に連絡を取り始めた。




 会長の相談に乗った翌日、誠実達は教室で告白が上手くいくかどうか話をしていた。


「会長大丈夫かな?」


「大丈夫だろ、顔も悪くないし頭も良い、おまけに生徒会長で頼りがいもある。お前と違って優良物件だ」


「なんで俺と比べるんだよ」


「確かに誠実と違って大人だしな、直ぐに手を出さない辺りは見習うべきだ」


「それはお前が昨日俺に手を出させるような事を言ったからだぞ健」


 健は昨日誠実に制裁を受けたせいで生傷を負っていた。

 しかし、こんなことはこの三人の中では日常茶飯事であり、周りもまったく気にしない。


「しっかし、生徒会の会長と副会長のカップルかぁ~なんか理想的で良いな」


「お似合いだよな?」


「あぁ、だが所詮はリアル。大学に行き、どちらかが肉欲に溺れて破局なんて自体にならないと良いがな」


「お前はなんでそういう事を言うんだよ……」


「てか、誠実は今日で生徒会の手伝い終わりだろ? 明日は久しぶりに三人でゲーセンも行かないか?」


「お、良いな!」


「俺は良いが、お前ら勉強は良いのか?」


「「べん……きょう?」」


「現実逃避も良いが、再来週からテストだぞ」


「そうだった!」


「くそっ! 忘れてたのに!!」


「自覚したとたんに焦るんだよなぁ……」


「早めに焦れたんだから良いだろ」


「まぁでもまだ時間もあるし」


「大丈夫だろ?」


「切り返しも早いな」


 二学期は九月の中頃からかなり忙しくなる。

 テストが終われば体育際、その後は文化祭、そして三年生は修学旅行、一年生は林間学校とイベントが引っ切り無しだ。


「会長のことだけ心配してもいられねぇな」


「お前は他人に構いすぎなんだよ」


 そんな話をしている誠実達の元にとある人物が話掛けてきた。


「誠実君、今日で生徒会の手伝いって終わりなんだよね?」


「え? あ、あぁそうだよ」


「じゃ、じゃぁあの時間ある時で良いから一緒に帰らない?」


「ぜ、全然良いけど……明日はこいつらがゲーセンに……」


「はぁ~あ、ゲーセンなんて止めて明日もさっさと帰ろうぜ」


「そうだな」


「え? あれ? なんかさっきと言ってること違くない!?」


 途惑う誠実に武司は耳元で囁く。


「馬鹿野郎、お前が夏休み開けから色々面倒なことをしてるせいで前橋と全然話せてないのは知ってるんだよ。少しは構ってやれ」


「ブ男のお前を一途に思ってくれているんだ、ちゃんと向き合ってやれ」


「い、いや……そうだけど……」


 武司と健は誠実と沙耶香のキス事件の事を知らない。

 誠実はその事件のことがあってからどうも沙耶香を意識してしまい、自然と避けるようになってしまっていた。


「じゃ、じゃぁ明日一緒に帰るか」


「うん!」


 誠実の言葉に満面の笑みで答える沙耶香。

 誰がどうみても心の底から嬉しいんだと分かるその反応に誠実は途惑う。

 そして、クラスの男子は殺気立つ。

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