237話



 9月1日、この日は学生にとってはあまり迎えたくない日であろう。

 まだまだ暑い日が続くなか、誠実は朝早くに目を覚まし、学校に向かう準備を始める。


「ふあ~あ……今日から学校か……はぁ……」


 肩をガックリと落とし、誠実が一階のリビングに降りていくと、なぜか朝から母親に頭を踏みつけられている父親の姿があった。


「おはよう」


「あら、誠実おはよう。ちゃんと起きれたのね」


「まぁね。はぁ~あ! 学校嫌だなぁ~」


「いや、ちょっと待って!?」


 誠実が母親に挨拶を済ませ、顔を洗いに行こうとすると、誠実の父親である忠志が誠実に声を上げる。


「え? 何?」


「いや、この状況見て!? おかしいと思わない! DVだよ! 家庭内暴力だよ!?」


「いや、いつもの事じゃん。どうせ今回も親父が悪いんだろ」


「いや、そうだけど! 少しは気にかけて! この状況に慣れちゃダメ!!」


「そうなのかよ……」


「ついでに誠実助けてくれ~」


「はぁ……今度は何をしたんだよ……」


「お、俺はただキャバクラに行ってきただけだ!!」


「そりゃ母さん怒るわ」


「あぁ~! まってぇー! 息子よぉー!! 助けてぇぇぇぇ!!」

 


「じゃあ、顔洗って来るから、それまでに済ませておいてくれよ、母さん」


「大丈夫よ、あとは捨てるだけだから」


「どこに!? 俺は一体どこに捨てられるの!!」


 誠実はそう言い残し、洗面所に向かい顔を洗い始めた。

 今日から学校だと思うと気が滅入って来る誠実。

 久しぶりに会う学校の友人達の事を考えながら顔を洗っていると、後ろから誰かが近づいてくるのがわかった。


「ん……タオル…タオル……」


「ここにあるわよ」


「ん? あぁ、サンキュー」


 そう言って誠実のタオルを渡したのは美奈穂だった。

 美奈穂はすでに制服に着替えており、もう学校に行く準備を終えた後の様だった。


「ねぇ、昨日どこ行ってたの?」


「ん? あぁ、ちょっと恵理さんに呼ばれてな」


「ふーん……随分仲が良いことで……」


「いや、多分俺が良いように使われてるだけ……」


「ふーん」


 そう話す誠実の顔を美奈穂はジト目でジーっと見つめる。

 

「な、なんだよ」


「別に……そういえば明後日は恵理さんと撮影だったなって」


「へぇ~そうなのか、頑張れよ」


「言われなくても頑張るわよ、あと終わったら買い物行くから付き合ってよね」


「はぁ!? な、なんで俺が!」


「よろしく~」


「あ、ちょっ! はぁ……明後日て土曜日か? はぁ……俺の休日が……」


 誠実はため息を吐きながら髪をセットして、リビングに戻った。

 リビングに父親の姿はなく、変わりに美奈穂と誠実の母親である叶が向かいあって朝食を食べていた。


(親父は……捨てられたか)


「母さん俺にも朝食」


「はいはい、早く食べて学校行きなさい、始業式から遅刻してられないでしょ?」


 誠実は叶から出された朝食を食べ、美奈穂と共に家を出た。

 久しぶりの登校だが、足取りは重たい。


「はぁ……もう少し休みがあればなぁー」


「どうせ家でゲームをやってるだけでしょ?」


「うるせぇな! それが良いんだろ? クーラーの効いた部屋でゲームして、映画見て! 飽きたらそのまま寝る! 最高じゃないか!!」


「おにぃは大学に入って一人暮らしはしない方が良いかもね」


「え? なんで?」


「自堕落な生活しかしなさそうだから」


「そ、そんなことは無いぞ! 俺だって料理出来るし、家事だって……」


「はいはい、まぁその前に大学に入れるかもわからないしね」


「どういう意味だよ!」


 そんなやり取りをしている間に、誠実は自分の学校の校門前に来ていた。


「じゃあ、私は行くから」


「あいよ、生意気な妹め! さっさと行ってしまえ!」


 誠実の言葉聞こえなかったのか、それとも無視したのか、美奈穂はそのまま自分の学校に向かって歩いていった。

 学校に到着すると、久しぶりクラスの雰囲気に少し懐かしさを感じた。

 耳を澄ませるとクラスメイトの話声が聞こえてくる。

 みんな、夏休みの思い出話に花を咲かせているようだ。


「おい、聞いたか? 三組の今井、彼女が出来たらしいぞ!」


「何!? それは本当か?」


「あぁ、確かな情報だ!」


「よし、殺そう」


「俺、夏休みに良い死体の隠し場所を見つけたぜ……」


(あぁ……やっぱりうちのクラスだ……)


 誠実は聞こえてくる殺伐としたクラスメイトの会話を聞きながら、自分の席に座った。

 夏休みに何もなかった寂しい男たちが、夏休みが空けてリア充になった元同胞の弔い方を相談している姿は、絶対に他のクラスには見せられない光景だった。


「よっ!」


「久しぶり」


「おぉ! 健に武司! なんで死んでないんだ?」


「「お前を殺してやろうか?」」


 誠実は友人達といつもの挨拶をかわし、夏休みの出来事を話し始めた。


「へぇ~じゃあ健は本格的に脱オタするのか?」


「あぁ、もうアイドルに興味がない」


「一体何があったんだか……誠実も美奈穂ちゃんの事とか大変だったな」


「まぁな……あ、そのことなんだけど……美奈穂の為にも他の奴らには内緒で頼む」


「わーってるよ、俺達だって美奈穂ちゃんの事は妹だと思ってる」


「それに、あの子は今年受験だろ。そんな真似はしないから安心しろ」

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