133話

「怒ってるじゃん……」


 ムスッとする沙耶香を見ながら、誠実は沙耶香にそう呟く。

 沙耶香は、ムスッとしたまま服を選び始め、誠実はその様子を見ていた。

 女性服の専門店だけあって、男の誠実は落ち着かない。


「誠実君、これどうかな?」


「え、良いんじゃないか? 似合うと思うぞ」


「じゃあ、試着してみるね」


 そう言って沙耶香は試着室に入って行った。

 沙耶香の着替えを待っていると、あの店員の女性がやってきた。


「……で、実際はどうなんですか?」


「何がですか……」


「決まってるじゃないですか! 本当は捨てられて今の子に乗り換えたんですよね?」


「違います! そもそも、俺は沙耶香とは付き合ってませんし、この前のは俺の妹です!」


「またまた~、今回彼女さんは、大きいですね~」


「どこの事を言ってるんですか……」


 ニコニコしながら、誠実の女性関係の話しを聞いてくる店員さんに、誠実はため息を吐く。 そうこうしている間に、着替えを終えた沙耶香が、試着室のカーテンを開けて出てきた。

 沙耶香の選んだ服は、白いワンピースにデニムジャケットの組み合わせという組み合わせだった。

 沙耶香の姿を見た店員さんは「良くお似合いですよ~」と騒ぎ、横にいた誠実も素直に可愛いと思った。


「ど、どうかな?」


「あぁ、良いと思うぞ。似合ってる」


「えへへ…ありがと」


 そんな会話をする誠実と沙耶香を店員さんは「あらあら~」と言い、ニヤニヤしながら見ていた。

 結局沙耶香は、選んだ服を購入し店を出た。


「またのご来店お待ちしていま~す」


(二度と来たくないな……)


 店員さんの笑顔のお見送りに、こんな事を思ったのは初めてだった誠実。

 ニコニコしながら、すっかり機嫌を戻した沙耶香と共に、再びショッピングモールを歩き始める。


「次はどこに行く?」


「あそこ行ってみない? 有名なスイーツのお店」


「あぁ~、なんかCMやってたな……確か今なら……」


「カップルで行くと15%OFF何だよ! そう、カップルなら!!」


「そんな強調しなくても…」


 よほどカップルと言う響きが好きなのだろう、誠実に向かって沙耶香は興奮気味に話す。

 誠実も甘い物は嫌いではないし、話題になっているので興味があったため、二人はそのお店に向かった。

 仲は混雑していたが、なんとか店に入ることが出来、席に案内された。


「わかってはいたが……やっぱりカップルだらけだな……」


 辺りを見渡すと、席のすべてがカップルで埋まっていた。

 当たり前のように「あ~ん」をしており、当たり前のように、一つのグラスに二つのストローが付いたドリンクを飲んでおり、見ている誠実が恥ずかしくなってしまった。


「でも……わ、私たちも…端からみたら…か、カップルだよ?」


 その言葉に、誠実ははっと気がつく。

 確かにこんなカップルだらけの店に男女で居れば、自然とカップルだと思われてしまう。

 なんだかリア充になった気分だと、誠実は少し感動しながらメニューを見る。


「……あの…沙耶香さん……」


「なに?」


「なんで、すべてのメニューにカップルって付いてるんでしょうか?」


「そう言うお店だからね、仕方ないよ~」


「でも、流石に注文しづらいな……」


 メニューの中の商品名は、どれも恥ずかしい商品名の物ばかりだった。

 ラブラブカップルのクリームチーズタルトとか、イチャラブカップルの甘いひとときなど、カップルと言う言葉がそこかしこに合った。


(イチャラブカップルの甘いひとときって何だよ! もうなんなんのかわけんねーよ! しかも地味に高い!)


「なににしよっか?」


「え! あぁ……そうだな……とりあえずこのら、ラブラブカップルのケーキセットにするか……飲み物とケーキが選べるみたいだし…」


「うん、そうしよっか」


 誠実は店員さんを呼び、商品を注文する。

 男性の店員さんで、どこか絶望を感じる雰囲気で働いていた。

 きっとあの店員さん、彼女居ないんだろうな~などと思いつつ、誠実は沙耶香と商品が来るのを待った。


「あ、みんなからさっきの返信来てる」


「俺も二人から来てるな……どれどれ」


 誠実は武司と健の返信を確認する。

 一件目の武司は__。


『行く! が、金がない!』


 誠実は「バイトしろ」と冷静に返信を打つ。

 二件目の健はと言うと__。


『海に行くと馬鹿な女が寄ってくるからヤダ。それよりも皆でアイドルの夏フェスに……』


 誠実は途中で読むのをやめて「行くってことだな」と打って返信する。


「二人とも行くっぽいな」


「そっか、こっちも志穂は大丈夫だって、鈴ちゃんも日によっては行けるって」


「メンツはこんなもんか……だがなぜだろう? まだ増える気がする……」


 なぜかそんな予感がする誠実を余所に、男性店員が商品を運んできた。


「お待たせ致しました……」


「わぁ~おいしそう~」


 運んできた男性店員がなぜか暗い顔だった事に、誠実は若干違和感を覚えるが、周りを見てその理由がわかった。


(彼女居ない男が、ここで働くのはしんどいよな……)


 男性店員の気持ちを察しながらも、誠実は今の自分のリア充っぷりを思い出し笑みを浮かべる。


(このまま、沙耶香と付き合っても……)


 笑顔でケーキの写真を撮る沙耶香を見た誠実は、ふとそんな事を思ってしまう。

 しかし、そう思った瞬間、誠実の頭には沙耶香ではなく、綺凜の顔が浮かんでしまった。


(何を今更………)


 まだ綺凜を諦め切れない誠実は、自分でも女々しいと思っていた。


「どうしたの? 誠実君」


「え、あぁ…なんでもないよ、てかどんだけ写真撮ってたの?」


「ネットに上げたかいからね、それよりはい」


「え? 何?」


 沙耶香は誠実の目の前に、フォークに刺したケーキを向けてくる。


「はい、あーん」


「え! いや……それは……」


 人生初めての「あーん」に誠実は動揺を隠せない。

 しかし、周りの人も当たり前のようにやってたと思うと自然と恥ずかしさが薄れ、誠実は口を開ける。


「あ、あーん……」


 誠実の口の中に、沙耶香はケーキを入れて食べさせる。

 人生初めての女子からの「あーん」に誠実は感動し、肝心の味の方がわからなくなってしまった。

 

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