134話

「じゃあ、はい」


「え?!」


 今度は沙耶香が口を開けて、誠実に「あーん」をねだってくる。

 誠実は、やってもらって終わりという訳にもいかないので、恥ずかしがりながら、沙耶香の口にケーキを持っていく。


「あ、あーん……」


「ん……ん~、おいひいね!」


「そ、それは何よりだ……」


 誠実は顔を赤く染めながら、沙耶香から顔を反らす。

 やってもらうようり、やる方が恥ずかしいという事に誠実は気がついた。


「誠実君って、普段は家で何をしてるの?」


「普段? う~ん……基本はごろごろかな? 武司とか健と出かける事もあるけど、基本的に家でまったりってのが好きかな?」


「へぇ~、料理とかもうしないの?」


「たまにするな、大体は自分が腹減った時にだけど」


「家族に作ってあげたりしないの?」


「親父と母さんが居ない時は、美奈穂に作るけど……それ以外はないな」


「じゃあ、今度私に何か作ってよ!」


「俺より、沙耶香の方が料理は上手いだろ? 逆に俺が食わせてもらいたいよ」


 店でくつろぎながら、誠実と沙耶香は楽しく談笑していた。

 人生初めてのデートに、誠実自身身構えていたところがあったが、実際はそこまで緊張も何も無かった。

 いつも通り、沙耶香と話しをして、買い物をしているだけ。

 しかし、そんな何気ない事が、誠実は楽しかった。


「じゃあ、私が誠実君にお弁当作ってきてあげようか?」


「え、それは悪いって、大変だろ?」


「大丈夫だよ! 私自分のお弁当は自分でつくってるし、それに一個作るのも二個作るのも変わらないから!」


 誠実の昼食は、基本は学食か購買のパンだった。

 小遣いと別に食費をもらっているとはいえ、少し厳しい部分もあるのが誠実の本音だった。 沙耶香に弁当を作ってもらえれば、食費も浮いて昼飯にも困らないし、美味しい弁当が食べられると思ったが、誠実は少し引っかかる事があった。

 

「いや、本当に大丈夫だよ。たまにごちそうしてくれるくらいで……」


 誠実が引っかかった事、それはもしも沙耶香を振った時の話しだった。

 付き合っても居ないのに弁当を作ってもらうのは、何か違う気がしたし。

 もしも振った時、その行為を無駄にしてしまうのでは無いかとも思い、誠実は丁重に歩断りした。


「そ、そっか……そうだよね……まだ付き合っても居ないし」


「あ、いや! その…食べて見たいのはほんとうだぞ! 今度何か食わせてくれよ」


 暗い顔で落ち込む沙耶香に、誠実はフォローを入れる。

 言われた沙耶香は笑顔に戻り、誠実に向かって返事をする。


「わかった、今度美味しいの食べさせてあげる!」


「楽しみにしておくよ」


 誠実はうれしそうな笑顔で話す沙耶香を見て、ほっとする。

 時間が経つのは早いもので、時刻は夕方4時を回っていた。

 店を後にした誠実と沙耶香は、帰り道を二人で歩いていた。


「なんだか、あっという間だったなぁ……」


「そうだな、でも休日なんてこんなもんだろ?」


「そうじゃなくて」


「え?」


「誠実君と二人の時間があっという間に過ぎていくなぁ~って」


「あ、あはは……そういう事…」


 誠実の手を強めに握りながら、沙耶香は誠実の腕に抱きつく。


「あ、あの…それはやめていただきたいのですが……」


「今は周りに誰も居ないから良いでしょ? それに……甘えるって言ったもん」


 誠実達が今居るのは大きな自然公園の敷地内。

 人はあまり歩いておらず、今は誠実達だけしか居ない。


「いや、マジで離れてくれ、その……歩きにくいし」


「じゃあそこのベンチに座ろ?」


「えぇ……」


 誠実は言われるがままに、近くのベンチに腰を下ろす。

 全く離れようとしない沙耶香に、誠実は色々なところを気にしながら、背筋をピンと張ってお手本のような良い姿勢でベンチに座っていた。


「もう少し…一緒に居たいな……」


「べ、別に一生の別れって訳でもないわけだし……また一緒に買い物とかにくれば……」


「そう言う事じゃないの……誠実君とは、ずっと一緒が良いから……」


 頬を赤くしながら、誠実にそう言う沙耶香。

 誠実は沙耶香のそんな言葉に、顔を赤くしながら、心臓をドキドキさせていた。


「誠実君、私が貴方の事をどれくらい好きか知ってる?」


「い、いや…」


 誠実は、現段階で沙耶香が自分の事を相当好きなのだろうとは思っていた。

 ここまでされれば、流石の誠実でも気がつく。


「私はさ、誠実君になら……何をされてもいいよ?」


「な、なにもしないよ! 俺たちまだ高一だし! そ、それにそういうのは彼氏とかに言う言葉だよ!?」


「……じゃあ、今だけでいいから……私の彼氏になって」


 うっとりとした表情でそう言う沙耶香に、誠実の心臓は更にドキドキする。

 女性特有の良い香りや、柔らかい体が誠実を混乱させ、これ以上何か言われたら、理性が崩壊すると思い、誠実は突然立ち上がる。


「そ、そろそろ帰ろうぜ! 外は暑いしな!」


「あ! ちょっと待ってよぉ!」


 誠実は沙耶香から距離を置き、そう言って歩き始める。

 あのままベンチに座って居たら、何か取り返しの付かない事をしてしまいそうで、誠実は改めて女性の持つ魅力の怖さを知った。


「じゃあ、私ここからバスだから」


「そうか、じゃあここで」


「うん、今日はありがとう、凄く楽しかったよ」


「それなら良かった、じゃあ俺はこれで……」


 そう言って誠実がその場を離れようとした瞬間、沙耶香は誠実の頬に顔を近づけ、誠実の頬にキスをした。

 そして、直ぐに離れ笑顔で誠実言う。


「これぐらいは良いでしょ?」


 突然の沙耶香の行動に誠実は驚きのあまり声も出せず、口を開けたまま放心状態になっていた。

 その後直ぐにバスが来て、沙耶香は逃げるようにバスに乗りその場を去って行った。


「周りに誰も居なかったのが幸いか……」


 などとクールに言っては見るが、誠実の顔は沙耶香以上に真っ赤になっており、動揺を隠し切れず、ぼーっと歩いて帰り三回ほど道を間違えた。


「デートって……デートなんだなぁ……」


 訳のわからない事を呟きながら、誠実は自宅に帰って行く。

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