綺凛のアルバイト

135話

 夏休みが始まって早くも一週間が過ぎた日曜日。

 綺凜は一人、喫茶店で本を読んでいた。

 元々読書家な彼女は、こうして休みの日に読書をする事が多い。

 最近見つけた、この落ち着いた雰囲気の喫茶店が気に入り、休みの日は良くこの喫茶店にやってきて本を読んでいた。


「うん、やっぱり面白かった」


 お気に入りの作者の新作を読み終え、綺凜は満足そうな表情で本を閉じる。

 時間にして約2時間ほど綺凜はこの店で本を読んでいたのだが、休みにも関わらずお客さんは少ない。


(このお店…いつ来ても空いてるけど……経営大丈夫なのかしら?)


 そんな事を考えてしまうほど、店内は空席が目立ち店は静かだった。

 そろそろお昼の時間でもあるので、綺凜は席を立ち家に帰ろうとする。


「あぁ~どうしたら……」


「マスターしっかりしてください! 営業中にそんな事を言っても仕方ないですよ」


「どうせ今日もお客なんて数人しか来ないんだよ! 働いてる君もわかるだろ? 毎日毎日暇すぎてやることなんて無いし!」


 店の奥からあまり聞いてはいけないような話しが聞こえてきた。

 どうやら相当この店の経営は危ないらしい。


「すいませーん」


 綺凜は若干呼びにくかったが、レジの前で店員さんを呼んだ。

 すると、ウェイターの女性が小走りで店の裏から出て来た。


「あ、すいません、お待たせ致しました。えっと……350円になります」


「はい」


 綺凜はウェイターの女性に500円を渡し、おつりを受け取る。


「いつもありがとうございます」


「いえ……お店、厳しいんですか?」


 最近のお気に入りの店なので、綺凜は気になってしまい、女性のウェイターにそんな事を尋ねる。

 すると、女性のウェイターは苦笑いをしながら答えた。


「あぁ……聞こえましたか? 最近赤字続きで……店長も自暴自棄になってしまって……」


「そう何ですか……確かに、大通りからは離れてますからね……」


「お客さん見たいに頻繁に来てくださる常連さんも居るんですが……それでもなかなか」


「大変なんですね……」


「もう、店長は店を閉めるなんて言い出す始末で……」


 がっくりと肩を落とし悲しそうに話す女性のウェイターを見て、綺凜は何か力にはなれないだろうかと考える。

 最近お世話になっているし、この店の雰囲気が好きなので潰れてしまうのも嫌だった。


「店の事を宣伝しみたら良いんじゃないですか?」


「それもやったんですけど……やっぱりダメで、そもそも私も店長もそう言うセンスが無かったようで…」


「何をしたんですか?」


「ビラを配ったんですけど……肝心のビラが……」


「あ……」


 女性のウェイターは、綺凜にビラを見せた。

 飾り気のない、なんとも特徴の無いビラで、学校なんかで配られるお知らせのプリントのようだった。


「……これじゃあ、ちょっと……」


「そうですよね……私たちにはセンスが無かったんです……」


 このチラシじゃ、お客さんは来ないだろうなと綺凜は思いながら、うなだれる女性のウェイターを見つめる。

 

(こんな時……彼ならきっと……)


そう思って考えたのは、誠実の事だった。

 彼なら、きっとこのお店の為に何かを仕様とするに違いない。

 そんな事をなぜ考えてしまったのか、自分でもよくわからない綺凜だった。

 誠実のそんな誰に対しても優しい姿を知ってしまった綺凜は、ウエイターの女性にこんなことを言ってしまった。


「良ければ、何か力になりましょうか?」


「え! い、良いんですか?」


「はい、いつもお世話になってますし……それにこのお店、私好きなので」


「お、お客さ~ん!!」


 感動で泣き出すウェイターの女性をなだめる綺凜。

 お客さんが他に居なくて良かったと、綺凜は女性のウェイターを見ながら思った。


「何に泣いてるんだ……お客さんが居なすぎて、君まで号泣か?」


「店長……じ、実は……」


 女性のウェイターは事の経緯を店長に話す。


「き、君が協力してくれるのかい?」


「私で良ければですけど…」


「ぬぁぁぁぁ!! こんな、こんなにも心優しいお客様が……それなのに……私は、私は……君の事をぼっちの文学少女などと……」


(どうしよう……急にこのお店が嫌いになってきた)


 綺凜は本当にあんな事を言って大丈夫だったのだろうか?

 などと考えながら綺凜と喫茶店の二人とで策を考え始める。


「私はウェイターの木崎(きさき)です。うちのお店って、ウェイターのネームプレートもないんですよね~」


「だって、君しかアルバイト居ないし……お客さんも来ないし……」


 店内を急遽閉店にし、テーブル席に座って話し合いを始める三人。


「正直言えば、このお店ってあんまり目立たないですよね? 住宅地の中にありますし、普通の一軒家と替わらないですし…」


「そこなんだよ! ここが喫茶店である事を知っている人がそもそも少ないんだよ!」


「店長なんでこんなところに店を構えたんですか?」


「土地代が安くて……」


「まぁ、ここならそうですよね…」


 とりあえず、この場所に喫茶店があることをアピールする事が先決だと言うことに気がつく綺凜。

 店内の雰囲気も決して悪く無いし、コーヒーやサンドイッチなどの商品も悪くない。

 喫茶店である事をアピールすれば、それなりにお客さんは入るのではないかと思った。


「じゃあ、とりあえず呼び込みでもしてみますか?」


「でも……木崎さんじゃ……」


「どういう意味ですか!!」


 木崎さんの歳はおよそ二十代中盤と行ったところ。

 きっと店長は、若い子の方がお客さんが入るのでは? そうおもって、木崎さんにそう言ったのだろう。


「じゃあ、私がしますか?」


「うんうん! やっぱり若くて可愛い方がいいよね!」


「スケベ店長……こんな店潰れれば良いのに…」


「言ってる事とやってる事がかみ合ってませんが……」


 こんなメンバーで大丈夫なのだろうかと綺凜は心配になってくる。

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