第45話

「何混乱してるのよ、私が好きなのは、伊敷君よ。伊敷誠実君」


 誠実を指さし、改めて言う美沙に、誠実は戸惑う。

 昨日の沙耶香といい、最近なんだかモテているような気がしてならない誠実。

 しかし、困ったことに、急にこんなことを言われても、誠実はまだ心の整理も何もついていない。

 しかも昨日知り合ったばかりの女子に、まさか告白されるとは思ってもおらず、誠実は美沙の事がさらにわからなくなった。


「はい、理由はわかったんだから、映画付き合ってよね」


「いやいやいや! 何もわかってねーよ! さらにわけわかんねーよ!!」


 立ち去ろうとする美沙に、誠実はツッコミを入れ、引き留める。


「だから、私が伊敷君の事を好きだから、アピールのために映画に誘って、あわよくばって言う展開を狙ってるって事! これだけ言えばわかるでしょ?」


「俺を誘った意味はよくわかった! 問題はその前だ!!」


「前?」


「なんで昨日知り合った奴に告白みたいなことしてんだよ!!」


 美沙は誠実に言われ、深くため息をついたのちに、誠実をジト目でジーっと見つめ始める。


「な、なんだよ……」


「ま、そうだよね、覚えてないよね、私髪切ったし……」


 自分の髪を触りながら、ボソッと独り言をつぶやいた。

 誠実は美沙の考えていることが全く分からず、相変わらず一人でオドオドしていた。


「今は教えなーい、誠実君がもっと私を知りたくなったら、教えてあげる~」


「はぁ? まさか、またからかってんじゃ……」


 誠実が疑いの視線を美沙に向ける、そんな誠実に美沙はいきなり至近距離まで近づき、耳元でささやくように言う。


「好きなのは、ホ・ン・ト」


「!!! お、お前!」


 誠実は美沙にそういわれ、顔を真っ赤に染める。

 すぐさま美沙から離れ、赤くなった自分の顔を隠す。


「アハハ、顔真っ赤じゃん! 可愛いな~」


「お、お前! やっぱりからかってんじゃ……」


「からかってなんてないよ? 本当に好きだもん、なんだったら、キスでもしてあげよっか?」


 小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべ、美沙は誠実に言う。

 誠実は、そんな美沙の態度に更に顔を赤く染める。


「ウフフ、本当に面白いなぁ~、伊敷君は」


「もう勘弁してくれ……最近色々あって、頭の中で整理が出来てねーんだ……」


 顔を隠しながら、誠実は美沙にそういう。

 美沙はそんな誠実の顔を下から覗き見るように凝視する。


「な、なんだよ…」


「別に~、じゃあ映画の件はまた連絡するから、連絡先教えてよ」


「まて! 俺はまだ行くとは!」


「え~、ここまで私に言わせたくせに~」


「う……でも、だなぁ……」


「スキあり!」


「あ!! 俺のスマホ!」


 誠実の隙をついて、美沙は誠実のスマホを奪い取り、ものすごい速さでSNSアプリの友達登録を済ませ、スマホを誠実に渡す。


「はい、これ私のアカウント。また連絡するから~」


「お、おい!」


 美沙は誠実にスマホを返すと、そのまま走り去っていった。

 誠実はその場に一人取り残され、ボーっと自分のスマホに追加された美沙のアカウントを見る。


「マジでなんなんだ……」


 誠実は更に悩みの種が増え、頭を抱える。





 私は今日、いつもよりも早くに家に帰宅していた。

 誰も居ないマンションに帰宅するのも慣れた。

 玄関に掛かれた「山瀬」という表札を横目で見て、私は家の鍵を開ける。


「ただいま」


 誰も居ないと分かっていても、ついつい言葉にしてしまう。

 私はいつものように制服から普段着に着替えて、リビングのソファーに座る。


「はぁ……お父さんは何時に来るんだっけ?」


 今日はお父さんが家に来ることになっており、私はいつもより早く帰宅した。

 正直、昨日色々あって、学校にあまり居たくなかったため、丁度良かった。

 スマホのスケジュールを確認し、私はお父さんとの約束の時間を確かめる。

 

「なんだ、もうすぐじゃない……」


 スケジュールと時間を確認し、私はそろそろ来るであろうお父さんを待ちながら、ソファーでスマホを操作する。

 一体何のようで来るのか、私は気になっていた。

 この前の電話で、急に様子を見にやってくると言っていたのだが、それだけなら、休みの日にでも来ればいい、会社を早引きしてまで家にやってくる理由が、何かあるのだろうと、私は考えていた。


ピンポーン


「来たかな?」


 インターホンが鳴り、私はリビングに設置された子機で応答する。


「はい」


『あ、綺凛ちゃん? パパだよ~」


「あ、今開けるから、ちょっと待って」


 私は玄関ホールのオートロックを開けて、お父さんを迎える。

 インターホン越しではあったが、お父さんはいつも通り、陽気な感じで、私に接してくる。

 少し親ばかなところもあるが、お父さんは、私の事をすごく大事に思ってくれている。


「いらっしゃい、あれ?」


 私が自宅の玄関先で、お父さんを迎えると、お父さんのほかにも2人、お客さんが居た。


「やぁ、綺凛! 会いたかったよぉ~、パパは綺凛がいなくてさみしくて、寂しくて……」


「お、お父さん……離れて」


 顔を合わせるなり、お父さんはいきなり私に抱きついてきた。

 他にお客さんも居るので、正直恥ずかしい。

 ようやくお父さんが離れたところで、私はお父さんと一緒にやって来た2人のお客さんに改めて挨拶をする。


「お久ぶりです、日御(ひお)さん」


「やぁ、元気そうで何よりだよ」


「駿(しゅん)さんもお久しぶりです」


「ひさしぶり、綺凛ちゃん」


 この2人は父が会社を設立する際に、色々と面倒を見てくれた、日御さん親子。

 父親が日御財閥の社長であり、父の古くからの友人だ。

 そして、その息子の日御駿さんは、私の二つ年上の高校三年生で、私の婚約者という事になっている。


「今日はどうしたの? こんなに大勢で」


「あぁ、今日は大事な話が合ってきたんだ!」


「そうなの? いつまでも玄関先に居るのもなんですし、どうぞ中に」


「おぉ、そうだな、お邪魔するよ」


 私は部屋の中に3人を入れる。

 正直、この時私は若干気が付いていた。

 お父さんと日御さん親子が、こうしてやって来たという事は、なんの話かなのかは、直ぐに想像がついた。

 しかし、なぜだろう。

 その話をするとわかった瞬間、またしても彼の顔が脳裏をよぎった。


「……彼、怒ってるかしら……」


 昨日、すべてを打ち明けた後の彼の顔を私は思い出す。

 笑っていたが、その目が泣いていることに私は気が付いた。

 彼の思いを利用して、踏みにじった。

 私は最低だ、自分にそう言い聞かせながら、玄関のドアを閉める。

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