第44話

 誠実達は、ボーリング場に向かう事を決め、昇降口に向かっていた。

 沙耶香は料理部の活動があるらしく、早くに教室を出て行った。

 教室を出て行く際に、誠実に「また来週ね」とだけ言い残し、沙耶香は去り、健と武司はそんな沙耶香の様子を見て、複雑そうな表情を浮かべていた。

 いつもの2人なら、からかってくるところなのだが、今日に限ってはそれが無く、なんだかいつもと少し様子の違う武司と健に誠実は何かあったのだろうかと、不思議に思う。


「あ、おーい、伊敷君!」


「ん、あぁ…確か山瀬さんの友達の……」


「美沙だよ、自己紹介したじゃん」


 廊下を歩く3人の前に、美沙が鞄を持って現れた。

 誠実は美沙が居るなら、近くに綺凛も居るのだは無いかと思い、辺りを見回すが、綺凛は居ない。

 誠実はホッと一安心し、なんの用かを美沙に尋ねる。


「どうかした? 俺達、これからボーリング行くんだけど?」


「あ、そうなの? ちょっと伊敷君に用事あってさ、大丈夫! そんな顔をしなくても綺凛の事じゃないから」


 話があると言われ、誠実は直ぐに綺凛に関する話かと思い、顔を曇らせたが、それを察した美沙が、すぐさまフォローを入れる。


「あぁ、誠実、何なら俺らは先に行ってるから、話が終わったら来いよ」


「良いのか?」


「あぁ、直ぐに終わるだろ? 話だけならな……」


 なんだか、いつもよりも優しい2人に誠実はますます不信感を抱く。

 しかし、美沙が自分に何の用があるのかも気になる誠実。

 誠実は健と武司、あとから行くことを告げ、美沙の話を聞く事にした。


「いやぁ~、ごめんね。せっかく遊びに行くところを邪魔して」


「そう思うなら、早くしませてくれないか? 山瀬さんの事は、もうすっぱり諦めたつもりだぞ」


「だーかーら、綺凛の話じゃないって! 私自身が伊敷君に話があるの!」


「なんだ? 昨日のファミレスでの事なら、俺も良くわかってないから、応えられないぞ」


「うーん、半分当たりかな?」


「半分? 一体何の話だ?」


 誠実は話の内容が全く見えてこず、疑問を抱きながら、美沙の表情をうかがう。

 誠実の中での美沙の印象はあまりよくはない。

 何しろ誠実にとっては、昨日初めて会った相手であり、しかも第一印象から、あまり良い印象が無い。

 そのため誠実自身、昨日の今日ではあまり話をしたくない。


「まぁまぁ、そんなに不信感むき出しの顔をしなくても~、仲良くしようよ~」


「そう言われてもなぁ……」


 何かとフレンドリーな態度の美沙に、誠実は苦手意識を感じる。

 距離の近い異性というものにあまり慣れていないせいもあったが、それよりも美沙が綺凛の友人という事が大きな理由だった。


「さっさと要件を言ってくれ、一応あいつら待たせてるし」


「あぁ、ごめんごめん、用って言っても、ただ短に、今度一緒に映画に行かないかって言うお誘い」


「は?」


 いきなりのお誘いに、誠実は思わず、間も抜け返事で応える。


「なにアホ丸出しの顔してるのよ? で、付き合ってくれるの?」


「いやいや! なんでそうなるんだよ! 俺ら昨日初めて会ったばっかりだろ?!」


「まぁ、細かい事は良いじゃん! 行こうよ!」


「待て待て! 怖いわ! 何か企んでるんじゃ……」


「っち……バレたか」


「おい! 今舌打ちしただろ! しかもバレたかって!!」


「アハハハ、冗談冗談! 良い反応するね~」


 からかわれた上に、腹を抱えるほどの大笑いをする美沙に、誠実は若干イラっとした。


「なんだよ、からかいやがって! そんな奴と映画なんて行かねーよ」


「ごめんって、もう良いじゃん! 女子と2人でお出かけだぞ~、デートだぞ~」


「俺と笹原はそんな関係じゃない!」


「あら~、怒っちゃった? 謝るからさ、行こうよ~」


 大きな瞳を誠実に向けてくる美沙。

 昨日は気が付かなかった誠実だが、今更ながらに気が付く。

 ウェーブ気味の茶髪のショートボブに、背丈は誠実よりも少し低いくらいで、女子としては大きめだが、その分足がスラット長い。

 美沙も普通に見れば、可愛い上にこの距離の近さだ、普通に出会っていたなら、別な意味で緊張していたかもしれない、そう誠実は美沙を見て思っていた。

 そんな女子が、昨日今日出会ったばっかりの男子を映画に誘うだろうか?

 いくらフレンドリーと言ってもそれはあり得ない。

 絶対何かあると誠実は思い、不信感を強める。


「嫌だ! それこそ誰か他を当たれよ!」


「え~、だって私が見たいの恋愛映画だもん。しかもドロドロした三角関係のやつ! それを女友達と見に行っても悲しいだけだし、どうせなら男子と見たいの!」


「じゃあ、武司か健でも誘ってくれ、俺はとにかく嫌だ」


「はぁ~、もう鈍感だなぁ~、気が付こうよ」


「何がだよ!」


 誠実が頑なに一緒に行くことを拒んでいると、美沙は肩を落としてため息を付く。


「だからさぁ~、私は伊敷君と行きたいの! 気が付いてよ、これだけわかりやすく言ってるんだから」


「だから、なんで俺なんだよ! その理由がわからないと、一緒には行かない!」


「じゃあ、理由がわかれば、言ってくれる?」


「納得出来たら考える」


 誠実は腕を組んで美沙にそう言い放つ。

 美沙は少し考え始め、一人でブツブツ何かを言い始める。

 やはり何かやましい理由があるのではないかと思う誠実。

 最近は女性絡みでのトラブルが多いため、誠実は慎重になっていた。


「仕方ないな~、良いよ教えてあげる」


「なんだよ、その俺が聞き分けないみたいな言い方!」


「だって理由を聞かなきゃ一緒に行ってくれないんでしょ?」


「仕方ないだろ! さっきからからかい続けてくるような相手を簡単に信用なんて出来ねーよ!」


「はいはい、もう我がままなんだから~」


「どっちがだよ…」


 なんだか、美里話をしていると、疲れてしまう誠実。

 理由を聞いたのちに、適当に忙しいとか言って、断ろうと考えていた誠実に、美沙はサラリと言い放つ。


「私、伊敷君の事、入学してからずっと好きだったんだ~、やっと綺凛の事を諦めてくれたみたいだから、こうして行動に出たって訳! どう? よくわかった?」


「なるほど、そうか納得した。よし、じゃあその一色(いっしき)君を探しに行くぞ!」


 言われた事が衝撃的過ぎて、誠実は若干壊れてしまった。

 自分の事では無く、どこかのクラスの一色と言う人物の事を美沙が好きなんだと、思い込んでいる。


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