175話
「えっと……あの、それはつまりどう言う?」
『だ、だから……その……誠実君的には、まだ私にも……チャンスはあるのかな?』
「え? チャンスって言うと?」
『せ、誠実君は私の事が嫌いになった訳じゃないんでしょ? なら……まだ好きで居ても……良いですか?』
その言葉に、誠実は慌てて返事をする。
「いや、そんな事を言われても、俺は沙耶香の気持ちに答えられるかわからない……だから早く俺なんか忘れ……」
『私、誠実君に昔同じような事を言ったよ?』
「え……」
『実る見込みの無い恋をするよりも、新しい恋をした方が良いんじゃ無いかって……そのとき誠実君が言ったんだよ……好きだから、諦めきれないって……』
料理部で料理を教えて貰っている時、そう言えばそんな事を聞かれて、そう言ったのを誠実は思い出した。
あの時は、綺凜に振られ続けており、綺凜を好きだという気持ちが高まっていた時だった。 確かに、俺も今の沙耶香の気持ちと当時は同じだったのかもしれない。
誠実は段々と、そのときの自分と今の沙耶香は同じなのでは無いかと、思えてきた。
諦めきれない気持ちは、人の何倍も誠実は知っている。
だからこそ、その気持ちを無下にすることは出来ない。
しかし、だからと言って、沙耶香の思いに答えられるかはわからない。
誠実は悩んだ。
「いや……それでも……俺は沙耶香の気持ちに答えられるかわからないから……」
『そんなの誠実君は気にしなくて良いから……ただ、私が勝手に好きでいたいだけ……』
「そ、そんな事言われても……」
『だ、だって……諦めたくないもん!』
沙耶香の気持ちを聞いて、誠実はなんだか胸が痛くなった。
中途半端が嫌だから、そう思って誠実は今日、沙耶香と美沙を振った。
しかし、本当に自分は沙耶香や美沙の事を考えてこの答えをだしたのだろうか?
ただ単に、自分がスッキリしたいからと言う勝手な理由で二人を振ったのでは無いだろうか?
そう考えると、誠実は逆に二人には、失礼な事をしてしまったのでは無いかと考えるようになっていた。
「……はぁ~……俺のあきらめの悪さが伝染したのかな?」
『多分そう……今なら、前の誠実君の気持ち、わかる気がする……』
「……そっか………ありがとう、こんな俺を好きになってくれて…」
『うん、これからもよろしくね……』
そう言って沙耶香は電話を切った。
誠実はいつもと変わらない沙耶香の様子に安心し、スマホをそっと下ろす。
沙耶香も物好きだなと思いつつ、誠実はもう一人の人物に電話を掛けようとする。
その相手とは美沙だ。
「美沙は……大丈夫だろうか……」
あのいつも元気な美沙が、落ち込んでいるとは考えにくかったが、事が事だけに流石の美沙も落ち込んでいるだろうと、誠実は心配する。
恐る恐る、誠実は美沙に電話を掛け始める。
『もしもし?』
「あ、美沙か……俺だけど……」
『あ、誠実君、大丈夫? そっちも雨降ってるよね?』
「それは大丈夫だけど……今日は、急に悪かったな……」
美沙はいつもと変わらない様子だった。
『あ、気にしないでよ。それが誠実君の今の答えだったんでしょ? なら正直に言ってくれて嬉しかったよ』
「美沙……お前って結構……」
『まぁ、諦めた訳じゃ無いから、いつか落とすから覚悟しておいてね』
「お、お前もかよ……まぁ、お前らしいけどな……」
『だって、別に私が嫌いって訳じゃないんでしょ? ならまだ希望はあるし、それにどうせ誠実君はまだ綺凜が好きなんでしょ?』
「う……鋭いな……」
『見てればわかるよ。私達のには絶対向けない視線を綺凜には向けるんだもん』
「まぁ……お前と一緒で、俺もあきらめが悪いのかもな……」
『だろうね、でも安心して、すぐに私に夢中にさせてあげるから』
「随分な自信だな~」
『えへへ~、だって前に可愛いって言って貰ったし~』
「はいはい、そうだったな……もう遅いし切るぞ?」
『うん、じゃあね、愛してるぞ~誠実君』
誠実は美沙の言葉を聞き終えると、電話を切って、スマホを机に置く。
二人とも、まだ諦めていないようで、誠実はなんの為に、今日二人を振ったのかわからなくなってしまった。
しかし、なぜだか誠実の心は軽くなっていた。
二人のあの絶望に満ちた表情と、暗い声を聞いた時は、自分を責め続けたが、元気な二人の声を聞いたら、なんだか安心出来た。
「ほんと……二人とも物好きだよなぁ……」
そんな事を思いながら、誠実はベッドに横になり、眠りに落ちていく。
きっと明日からは、もっと大変になるだろうと覚悟しながら、誠実は夢の中に落ちていった。
思えば、いろいろな事があった旅行もこれで終了。
最終日には美沙と沙耶香に、誠実の今の気持ちを伝えて振って、気まずい感じになったが、またいつも通りに戻れそうで安心した誠実。
戻ったら、二人のところにもう一度会いに行こうと、誠実は寝ながらそう思う。
*
「電車、あと五分で来るみたいだね」
「そうね、じゃあベンチに座って待ちましょ」
誠実と綺凜は帰りの電車を朝から待っていた。
昨日の大雨の影響で、二人は家に帰れず、次の日の朝早くから電車の切符を買って、電車が来るのを待っていた。
考えてみれば、誠実に取っては好きな人と二人きり。
自然とドキドキしてしまう。
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