137話
「おい、誠実サンドイッチって何挟むんだっけ?」
「卵を挟んだ奴とレタスとトマトを挟んだ奴二個ずつだ! 早くしてくれ!」
「せかすなよ! こっちだって頑張ってんだ!」
誠実と武司が厨房に加わり、店内は客が途切れる事無く忙しい時間が続いた。
綺凜効果なのか、それともこの場所が喫茶店だと理解され始めたからか、昼を過ぎてもお客さんは代わる代わるに店内に入って来た。
「店長! オムライスはこれで大丈夫?」
「えっと……良いんじゃ無いかな? 食べたことある人も居ないし」
「アンタこの店の店長だろ!!」
「それより君! サラダってこれでいいのかな?!」
「なんで俺に聞くんだよ! サラダなんて野菜が新鮮で、見栄えが良ければそれで良いんだよ!」
店長にツッコミつつ、誠実はオーダーの商品を作っていく。
レシピはあるが、一回も作った事が無いというレシピも多く、ほとんどが誠実のオリジナルになってしまいつつあった。
こんなところで料理部での経験が役に立つとは思わず、誠実は料理を教わって良かったと思いながら次々オーダーを作って行く。
「店長はとりあえずコーヒー関係お願いします! 店長しか出来ないんですから!」
「あれ? サンドイッチって……あれ?」
「武司! なんでサンドイッチなのに食パンの耳を切らねーんだよ!!」
「俺は和食が好きなんだよ!!」
「知るか!!」
こんなやりとりを繰り返しながらも誠実達は厨房を回し、綺凜と木崎が注文を聞いて回った。
そして、数時間してようやく店内が落ち着き店内が静かになった。
「あぁ~マジで疲れた……」
「なんでこうなったんだっけ誠実?」
厨房の椅子に座りながら、誠実と武司は肩を落として話しをしていた。
客を待たせてはいけないというプレッシャーと、次から次に追加されるオーダーに焦りながら、誠実と武司と店長は必死でオーダーを回した。
「いや~君たち本当にありがとう! おかげで売り上げもたんまりだよ!」
「良かったっすね……で、俺らに給料出ます?」
「出す出す! 安心してくれ! それに店の好きな物をごちそうしよう!」
「マジっすか! やったな誠実! 昼飯タダだぜ!」
「その料理を作るの多分俺だけどな…」
タダ飯なのに自分で調理しなければいけないと言う状況に疑問を感じながら、まぁ臨時収入が入った良いかと誠実は考える。
「お疲れ様です」
「あ! ありがとう~山瀬ちゃんが居なかったら、この店は確実に無くなってたよ~」
「いえ、私は伊敷君達に比べたら何も……」
「いや! 君のおかげだよ! ありがとう!! 山瀬ちゃんが居なかったらこんなにお客さんは来なかったよ!」
厨房に入ってきた綺凜に店長は感謝の言葉をこれでもかというほど口にする。
そんな店長に対して綺凜はそんなことはないと繰り返していた。
「伊敷君と武田君もありがとう」
「バイト代も出るし、お礼を言うのはこっちの方だよ。割の良いバイトを紹介してくれてありがとう」
誠実は笑顔でお礼をする綺凜に、笑顔で返答する。
そんな誠実と綺凜を見て武司は、ムスッとした様子で誠実にこそっと話し掛ける。
「おい、いいのか? 振られた女にこんなに良くして…俺はバイト代が出そうだからやったけど……」
「何言ってんだよ? 友達なんだし、困ってたら助けるだろ?」
何の迷いも無く、そう返答する誠実に武司は表情を緩める。
(そういえば、こいつはそう言う奴だよな……)
武司はそう思い出すと、笑顔に戻り綺凜に向かって言う。
「ま、あれだ……この前は……怒鳴って悪かったよ……アンタも知らなかったんだろ?」
「え……あ……うん」
この前とは、誠実が駿と殴り合った日の放課後の事だった、武司は綺凜の為に頑張る誠実が綺凜に罵倒されるのが許せず、綺凜を怒鳴った。
しかし、その後誤解が解けて友人になったと聞き、武司は一言綺凜に言って謝った方が良いのではないかと思っていたのだ。
確かに誠実に酷い事をしたかもしれないが、彼女も色々と大変だったという事を誠実から聞き、少し言い過ぎたかと、武司は少し後悔していた。
「武田君が怒るのも無理ないよ……私も同じ立場ならそうしたかもしれないし……」
「まぁ…そっちにも事情があったわけだしな……」
そう言って武司は綺凜に手を差し出した。
「ま、友達の友達は友達って事で…よろしく」
「うん」
綺凜は武司の手を笑顔で握り返す。
そんな二人の様子を誠実は面白くなさそうにしながら見ていた。
そんな誠実の視線に気がついた武司は、にやっと笑って誠実に言う。
「羨ましい?」
「全然!!」
在庫がすべて切れてしまった事もあり、少し早めに店じまいをし、誠実達はかなり遅めの昼食を食べていた。
「な、なにこれ……美味しい……私よりも確実に……」
「君、本当にここでバイトしない? 厨房担当で」
誠実は不服ながらも全員分の昼食を作った。
木崎と店長が誠実の料理の腕前に驚き、絶賛している脇で誠実は複雑な表情で自分で作ったシーフードパスタを食べていた。
料金は要らないと言われたものの自分で作って自分で食うのはやはり納得がいかなかった。
「本当に伊敷君って料理上手なんだね、すっごく美味しい」
「ま、まぁね! 男としてこれくらい出来て当たり前というか」
「本来の目的は果たせなかったけどな」
「武司なにか言ったかー?」
「言ってないからフォークをこっちに向けるな!」
昼食を済ませ、誠実と武司は店長からバイト代を手渡しで受け取った。
「本当にありがとう、これはバイト代だよ。あと、是非これからもバイトを続けて欲しいのだけど、嫌かな?」
「あー俺はちょっと……他にバイト決まってるんで……」
「そうか…君はどうだろうか? 本当に君の作る料理は美味しかったから、是非厨房で働いて欲しいんだけど……」
店長からの勧誘を武司は直ぐに断ったが、誠実は少し考え込んだ。
これから色々と出費は増えるだろうし、金があって困る事は無い、バイトも長期でやれるものを探していたので、これは丁度良いのでは無いかと思っていた。
それに、たまにだが学校以外で綺凜と話しが出来るかもしれないと言うところに魅力を感じた。
「まぁ、毎日とかは無理ですけど、それで良いなら」
「ほ、ほんとうかい! いやぁ~助かるよ! 君のあの味と彼女のあの接客なら、この店は安泰だ!」
喜ぶ店長を余所に、誠実は店長の言葉に一つ疑問を抱いた。
「店長彼女のあの接客っていうのは? 木崎さんってなにか替わった接客でもするんですか?」
「あぁ違うよ、山瀬ちゃんもバイトしてくれるって言うから。彼女可愛いし、スタイルも一部を除いて悪くないし! それに加えて君の料理があれば!」
楽しそうに話しながら、店長は再びレジのお金を数え始める。
誠実は正直うれしかった。
最初は店に来た綺凜を眺められればそれで良いと思っていたが、まさか一緒に働けるなんて思ってもいなかったからだ。
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